(2002年5月「石鹸日用品新報」連載)
皆様は、Open
Book Managementという言葉をお聞きになったことがあるでしょうか? 今回は、現在、米国で熱烈な信奉者を抱え、1000社を超える中堅企業や大企業の事業部門に深く浸透している経営手法について簡単なご紹介をさせていただきます。おそらくは今後、数年以内に日本の中堅企業経営の中核セオリートとして位置づけられるのではないかと私が密かに確信している経営コンセプトです。
Open Book Managementを一言で言えば、経営内容の全てを全社員と共有し、社員のやる気とコミットメントを最大限に引きだそうという仕組みです。このコンセプトの提唱者であり実践者であるJack
Stack氏が書いた「the Great Game of Business」がベストセラーになって以来、一つの経営セオリーと言える地位を占めています。考え方自体は決して目新しいものではありませんし、何ら小難しい理論も派手さもありません。その上、名もない地方の中堅企業経営者から出発したために、いわゆる一流大企業経営者の関心を引くことも無く、日本への紹介も殆どなされませんでした。しかし、このコンセプトは、数年にわたり、ゆっくりとそして確実に信奉者を広めつつあります。米国では、今でもさまざまな関連書が出版されていますし、Jack
Stack氏が主催する定期セミナーでは毎回400〜500人の出席者があるそうです。
さて、Jack Stack氏は、International Harvester (IH)社の子会社で、トラクターや建設機械エンジンの再生会社Springfield
Remanufacturing Corp.(SRC)にメールボーイとして入社しました。その後、IH社から見捨てられるはめになったぼろぼろの同社を仲間とともにMBO(Management
Buy Out、経営陣による買収)し、米国不況の1980年代後半から90年代前半を見事に乗り越えました。彼の本によると、MBOから8年間で従業員が119人から650人に、売上が$16millionから$70millionに、一株の価値は10セントから18ドル30セントになったとあります。
学歴もお金もない同氏がどうしてこのような再建を成し遂げることができたのでしょうか?それは、学歴も何の経営経験もないがゆえにこそ、彼が非常に単純な「経営の原点」に立ち戻らざるを得なかったからと言えるでしょう。彼にはそれしか選択肢がなかったのです。そして、彼の立ち戻った「経営の原点」とは「従業員の力」でした。
私が今このOpen Book Managementに着目する理由は、まさにその原点回帰の考え方に共鳴するからであり、それこそが今の日本企業が必要としている考え方だと考えるからです。
- Open Book Managementが注目されたのは1990年始めです。まさに、米国不況の時代でした。小著「P&Gに見るECR革命」でも述べましたが、不透明な時代の鉄則は「原点に立ち戻ってものを考える」ということです
- 一方、よく考えると「社員のやる気を引き出し、社員一丸となった家族的経営」とでもいうべきOpen
Book Managementの考え方は、TQM(Total Quality Management)と根を同じくするものであり、まさに、これまで日本企業を支えてきた経営の原点だったのではないでしょうか。どうも、いつのまにか欧米流の経営論に振り回されているうちに、気が付いた時には、米国企業の方が一足先にその原点に戻ろうとしていたと言う気がしてなりません
1)目標と前提
Open Book Managementの最大の目標は、社員のやる気とコミットメントを最大限に引き出し、組織の内部から自発的に挑戦へのパワーが湧き出るような企業にしようと言うことです。このコンセプトには、二つの前提となる経営ポリシーがあります。
- 社員を、雇われ人や従業員(与えられた業務に従事する人)として見ず、一人の責任あるビジネス・パーソンとして見る
- すべてのビジネス・パーソンに取り、ビジネスは「FUN(面白いもの)」であるべきと考える
最初の考えは日本企業には分りやすいでしょう。TQMと同じ発想です。ただし、二番目の考えは意外と分りにくいかもしれませんし、また、往々にして忘れがちなものです。殆どの企業では、賞与と言っても実際にはその殆どが生活に必要な給与の一部です。また、年功序列を背景に持つ日本企業では、早く昇進できると言ってもたかが知れています。社員が工夫し努力を重ね、成果をあげたとしてもその成果に対し報いる仕組みがあまりにも限定されているのです。確かに、社員にとって、会社とは生活の糧を得る場所です。しかし、社員が活き活きと働いている企業を見ると、そこには、生活の糧を得る場所以外の何かのプラスアルファがあることに気付きます。それが、ビジネスのFUNなのです。
出世競争を勝ち抜いてきた経営者から見ると、ビジネスはゲームでありFUNであるというのは容易に理解できるでしょうし、当たり前ではないかと思うかもしれません。しかし、実際には会社にいる多くの人は出世競争には最初から関心の無い人であるのも事実です。また、オーナー企業の社員となると、社員全員が最初から社長になれるチャンスはないのです。そうした社員を相手に、ビジネスはFUNであるということを教えるのはそんなに楽な仕事ではありません。ビジネスはFUNであることを教えようという意識と積極的な仕掛けが必要になります。
2)3つの要素
上記のような目標と前提の下で生まれたOpen Book Managementは、大きく3つの要素により構成されます。
- 社員への情報公開と教育
- 社員への責任委譲と自立的活動の促進
- 社員との成功の共有
第一に、会社がどのように運営されているかその仕組みを社員に教えます。次に、社員に、彼らがチームとしてあるいは組織として会社の業績アップに貢献する責任があることを仕組みの中で学んでもらいます。最後に、会社は、好調な業績に対しては喜んでその利益を社員と分かち合うことをルール化します。これら3つの要素は一つのセットとして、Open
Book Managementを構成するものです。この3つの要素のいずれが欠けてもOpen Book Managementは上手くいきません
名前が示すように、Open Book Managementの基本を示す考え方が、社員への情報公開と教育です。
1)情報公開
プライバシーに関することを除き、企業・事業の財務/運営情報はその全てを全社員に公開します。文字どおり、全ての情報です。非常に単純な事ですが、これを実行している企業は日本には殆どありません。まず、従業員を含め経営陣以外に開示できないような悪い隠し事のある企業は論外です。しかし、そうした事がない場合でも、なぜか経営者は社員への情報開示に必要以上の躊躇を示します。
使われる最大の理由は、競合に知られたら困るということです。しかし良く考えれば、前線で働いている社員はさまざまの秘密の自社情報を既に保有しているので、これが理由になるとはとても考えられません。あるいは、業績の良い企業経営者は社員に安心感を持ちすぎてもらいたくない、業績の悪い企業経営者は社員に無用の不安をもたせたくないと思うかもしれません。しかし、実際には逆のはずです。正確な情報を隠す場合、社員は、業績が良い時には実際以上にうまく行っていると思いこみ楽観的になりすぎるものであり、業績が悪い時には実際以上に不安や将来への悲観を持つものです。
また、会社が公開企業なので、社内に先に情報を漏らすと法的な問題が発生するという経営者もいます。確かにそのとおりなのですが、それも言い訳にしかすぎません。多くの公開企業でOpen
Book Managementが実行されています。事業部単位で全ての情報を公開するという立場をとる企業もあれば、全社員をインサイダー登録させた上で情報公開する企業もいます。もちろん、社員は喜んでインサイダーとなるはずです。会社にとって重要な社員は皆インサイダーであることを知っているからです。インサイダーとして認められることは、それだけでビジネス・パーソンとして認められたという誇りなのです。
つまるところ、経営者が情報を社員に隠す最大の理由は、経営者の自分の能力への不安ではないでしょうか。つまり、同じ情報を共有してしまえば、自分と社員を隔てるものが無くなるのではないか、自分の存在理由が無くなるのではないかという経営者自信の不安です。しかし、これでは、情報社会の現代では生き残れません。変化の早い現代ビジネスでは、社員に情報を開示し、前線で判断してもらわねばならない状況が多く発生するのです。
米国のグリーンベレーなどでは数人単位でミッション・チームを構成します。チーム内では、隊長が持っている情報はそのすべてをチーム隊員と共有するのが鉄則です。そうしなければ、いざという時に個人個人で適確な判断ができないからです。アフガン戦争を見ても分かるように、現代の陸上戦争は、こうしたチーム単位の活動が中心になります。これは現代のビジネスと同じです。任務の詳細を与えず命令服従の昔の大規模軍隊方式は今や時代遅れなのです。今は、社員に情報を出すリスクよりも、社員に情報を隠すリスクの方が大きい時代なのです。
2)教育
さて、情報公開をしたので後は社員の問題だと言ってしまうのでは経営の放棄でしかありません。公開した経営/財務数値が何を意味するか、どう社員の仕事と関連するかを教えるという教育が不可欠です。なぜ情報を公開するのか、それは単に会社の実態を理解してもらうためだけではありません。真の会社の数字を知り、今社員がやっていることが会社の経営数字とどのような関係をもっているのかということを理解してもらい、会社の数字をよくするためには社員が何をすればよいかということを理解してもらい、それらを実行に移してもらいたいのです。このプロセスがなければ、いくら頑張れと言っても限度があります。
果たして経営者はそんなことまでやらねばならないのか?私はやらねばならないと思います。なぜならば、社員の立場からすれば、ビジネスを学ぶのは企業という場しかないからです。ビジネススクールや研修学校で学ぶことができるのは、経営学という学問や経理/財務/マーケティングというツールでしかありません。それも大変に重要なことですが、経営学を学ぶということと経営を学ぶということはまったく違います。ビジネス・ツールを学ぶということとビジネスを学ぶということはまったく違います。責任のある自分のビジネスを通じて学ばねば決してビジネスを学んだことにはならないのです。
例えば、あなたが消費財メーカーの営業責任者だとします。当然、純売上(出荷マイナス返品)は店頭の実売り(POSデータ)とは異なります。しかし、営業マンがどの程度この違いを理解しているかははなはだ疑問です。純売り上げの変動がPOSデータの変動とどう関連するか?定番商品ではどうか?キャンペーン商品ではどうか?一体、返品のコストはいくらなのか?これらは実際に責任のある自分のビジネスを通じてでなければなかなか理解できるものではありませんし、これらの理解無しには、決して返品は減らないはずです。
今、経営者に求められるリーダーシップとは、コーチでありティーチャーとしての役割です。社員の力を最大限に引き出そうとするならば、教育を通じて社員をサポートすることが欠かせないのです。
| 第二の要素・・・社員への責任委譲と自立的活動の促進 |
次に重要なことは、社員に実践させ、実践の中からビジネスのFUNを経験してもらうということです。権限委譲と言ってもよいでしょうし、ボトムアップと言ってもよいでしょう。
1)クリティカル・ナンバー(Critical Number)
ビジネスとは誰が何といおうが最終的には数字です。したがって、社員には、行動を数字と結び付けて考えてもらわねばなりません。まず、重要なのは、自分たちが直接達成できる、そのグループにとってのクリティカル・ナンバー(重要な数字)を発見させることです。クリティカル・ナンバーは最終的に、全社の目標達成に貢献するものでなければなりませんが、同時に、そのグループの社員が直接的に影響を及ぼしうるものでなければなりません。
例えば、全社の目標が純利益10億円とします。あなたの事業部の目標は純利益1億円です。しかし、これでは、営業マンの目標としては漠然としすぎます。直接的ではないからです。この場合、まず財務で標準的なコストを計算してもらいます。そうすると、利益1億円を達成するには、売上としてどのくらいを達成すればよいかが見えてきます。同時に、平均的な顧客1人あたりの売上が見えてきます。そうすれば、何人の顧客に販売すればよいかが見えてきます。この場合、売上や顧客数が営業マンのクリティカル・ナンバーとなるでしょう。純利益1億円というナンバーよりは、売上10億円や顧客1000社というナンバーの方が営業マンにとってはずっとアクションに直結しています。
生産部門ではどうでしょうか?一日あたりの生産数や欠陥率がクリティカル・ナンバーとなるかもしれません。目標純利益1億円といっても、営業部ではコスト管理には限度がありますし、生産部では売上に直接関与することはできません。それでは、クリティカル・ナンバーとはなり得ないのです。
なお、クリティカル・ナンバーは複数でも構いませんが、多すぎると活動をそのナンバーにフォーカスさせることができません。したがって、ベストは各チームに1つ、多くとも3つ以内にとどめることがコツです。
2)スコア・カードとハドル
クリティカル・ナンバーが決まれば、次に、そのナンバーの達成率をタイムリーにチェックします。事業によって異なりますが、毎月、毎週、あるいは毎日、それらの達成率を公表します。そのクリティカル・ナンバーの推移とともに、事業部・全社の損益推移表(通常の損益表をさらに解りやすくした表)を公表し、毎週または毎月更新します。これらの表のことをひっくるめてスコア・カードと呼びます。通常は、このスコア・カードをベースに定期的な(毎週〜毎月)ミーティングを開催します。
このミーティングの目的は決して達成のために叱咤激励することではなく、不達成の理由を詰問することでもありません。どうして達成できなかったか、どうすれば達成できるかを社員自らに考えてもらうためのものです。どれくらい売上があり、どれくらい費用がかかり、どれくらい利益が出るなどの情報は全て公開されているので、立てる目標自体に大きな疑問などが発生する余地はもともと無いのです。あくまでも、ビジネスはFUNであり、ゲームというのが根底の発想です。
これらスコア・カードをチェックする場は、上から下へ決定事項を通達する場ではありません。どちらかと言えば、下から上に発表をする場です。従って、通常は、参加者を制限しません。ジャック・スタック氏のSRC社では、毎週水曜日の午前中(約1時間〜1時間半)にこのミーティングを開き、マネジャーレベルが全員参加しますが、マネジャー以外でも希望者は誰でも自由に参加することができます。通常は、50人以上が参加するとのことです。このミーティングが終了する水曜日の午後や木曜日は、参加者が同じ種類のミーティングを各自のチーム内で行うことになります。こうすることで、ボトムアップ的活動を本当にボトムにまで広げていくのです。SRC社ではこのミーティングのことをハドル(Huddle、ごちゃごちゃ集まって行う会議の事)と呼びます。Open
Book Managementの最重要ポイントです。
もう一つ例を挙げましょう。ある事業部門で大口顧客の仕事が突然なくなったとします。この結果、その事業の人件費を大幅にカットする必要がでたとしましょう。給与を一律20%削減するか、人員を20%削減するかの決断に迫られているとします。もちろん、これは経営者の判断です。しかし、Open
Book Managementでは社員と情報を共有し、社員の提案をまずは尊重することが鉄則です。この場合でも例外ではありません。
Open Book Managementでは社員に責任あるビジネス・パーソンとしての活動を絶えず要求します。これは結果的には、全ての社員が雇用問題に何らかの責任を共有するということを意味します。社員から見れば、社員増はもちろんのこと、安易にバイトや契約社員を要求する前に、社員一人一人が最大限の効果を生み出さねばならないということです。また、経営者から見ると、社員のパワーを最大限に引き出すということは、社員の雇用維持を最優先の経営事項とすると言うことと同義語ということになります。その通り、Open
Book Managementでは、社員の雇用と生活を守ることは最優先の経営事項になるのです。
情報を公開し、教育し、皆が責任を持って、ビジネスゲームを実践する。これだけではまだ充分ではありません。賞品の無いゲームではゲームをやる気がおきないからです。ビジネス・ゲームの賞品は、短期と長期に分けるのがコツです。
1)短期報酬:ボーナス
各自が直接的な影響を与えることのできる目標を定め、その目標を達成するように頑張ろうとしているわけですから、その特定の目標達成に対して報酬が準備されねばなりません。もちろん、その報酬は、明白にその達成に対して与えられる報酬であることが分かる形でなければ意味がありません。したがって、この種の報酬は、毎月または四半期毎に評価し、支払われるのが普通です。また、達成への直接的な報酬なので、達成できなければゼロでなければなりません。
ここで行おうとしているのは、短期的な視点からビジネスのFUNを実体験してもらおうということです。繰り返しになりますが、そのためには、スコアカードの目標は社員の努力が直接的に影響する数値でなければなりませんし、その達成を逐次測定し、即座に報酬として支払わなければこの目標に沿いません。
日本企業の一般的な賞与では、そのかなりが生活給であり、その支払いは多くの場合、明確に数値ルール化されていません。しかも、年に1、2回という頻度では、何に対して支払われるのかもらう時には忘れてしまっているということになるでしょう。繰り返しになりますが、このボーナスは、ビジネスへのFUNを実体験させるのが目的です。したがって、いわゆる生活の基盤となる収入ベースとは別に準備されるものです。しかし一方で報酬という名に値するだけの、ゲームに真剣に取り組むだけの金額は必要です。通常は、事前にある一定以上の利益をボーナスプールとして予算化し、報酬支払いのルールを明確にしておきます。
恐らく、今の一般的な日本企業には、これに該当するような短期ボーナスは存在しません。あるいは、ビジネスのFUNの要素(達成に対する喜び)を教えようとしている企業もほとんど無いといえるかもしれません。
2)長期報酬:持ち株
報酬が短期ボーナスだけとなると、社員の関心は短期的なものとなります。一方で、企業経営とは長期視点から組立てられるべきものなので、長期報酬の仕組みが必要となります。これは、会社への投資を意味します。ストックオプションやESOP(Employee's
Stock Option Program)と呼ばれるものです。
ただし、会社の株式を保有すれば社員は皆一生懸命働くかというと、そんなことは有りません。株式を保有させたり、ストックオプションを与えただけでは充分ではないのです。情報公開と教育のところで説明したのと同じように、経営者は、資本の価値、会社の価値についても教えねばなりません。会社の利益が生まれた後は、その利益がどのようにして会社の資産として積み立てられていき、1株あたりの価値として実現されるかということです。前述のスコアカードでは、会社の業績の他、こうした株式価値の推移(非公開企業の場合には、一株あたりの純資産額など)も明記し、短期・長期の推移が理解されるようにします。これら一連の流れが理解されると、短期ボーナスよりも長期の会社への投資の方がより投資効果が大きいことも理解できるでしょう。会社の価値は、利益のマルティプル(倍数)となって市場の評価を受けるからです。
日本では、ストックオプションやESOPについてはさまざまな制約があり、なかなか使いづらいというのが実態でした。しかし、本年4月から、商法改正により、新たに「新株予約権」を活用したストックオプションの導入が可能になりました。従来制度にくらべはるかに使い易い制度になっています。徐々にですが、経営環境は確実に自由度が高くなってきています。逆に言えば、経営者の能力・姿勢がますます問われる時代になったということでしょうか。
関連資料:
* " the Great Game of Business" Jack Stack, Currency Doubleday, 1992
* "The Open-Book Experience" John Case, Perseus Books Group, 1998 |
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