過去のひと言


2012年3月1/2 MBO人事評価の誤解(1/2)

経営のご相談に応じたり、人材教育のお手伝いなどをしていると、時々、米国の経営手法が誤解されたまま日本に導入されているのに出くわし、驚かされることがある。その典型的なものが、MBO(Management by Objectives)と言われるものだ。つい最近も、「未だにそんなことを」と思うような話に出くわしたので、この件について、2回にわたり触れてみたい。

MBOは“目標による人事管理”とでも訳すべきもので、目標を個人レベルに落として設定し、その達成度合いに応じて人事評価を行うというものだ。たとえば、PDCシートと名付けられた1ページのシートがあり、社員は個人ごとにそのシートに目標/アクションプランを書き上司に提出する。期末に、その進捗状況と自己評価を上司に提出し、上司は本人と面談の上、コメントを付し、評価をつける。

常識的に考えれば、このシス テムには様々な問題が存在することにすぐ気づく。最大の問題は、ストレッチした目標設定ができなくなること、言い換えると、クリエイティブな発想の余地が 閉ざされることだ。高業績の会社では、高めの目標を掲げることにより、それを達成するために、今までとは違うブレーク・スルー的・クリエイティブな発想を するように求める。すぐに達成できるような目標では、分かり切った努力しか生まれない。もちろん、社員としては、この高い目標で人事評価されるとたまった ものではない。したがって、人事評価は目標管理から切り離すのが大原則だ。目標管理と人事管理を一緒にやろうなど、怠慢でしかない。

また、組織目標が軽視される のも大きな問題だ。活力のある会社では、組織全体の力を引き出すために、組織としての目標を重視し、組織目標達成のためにどれだけ努力したかを重要視す る。そもそも、組織とは共通の目標を持った人たちの集まりなので、組織力を強化しようと思えば、共通目標への強い意識を育てるような仕組みを作らねばなら ない。MBOはこれに逆行している。ちなみに、設定した組織目標を達成した場合、組織全員に同じ%のボーナスを払うなどの仕組みをしている会社はある。いわゆるOBM(Open Book Management)と呼ばれる方法だ。目標達成と賞与支払いが一つのシステムになってはいるが、これは人事評価ではない。評価とは別物だ。

MBOで は、目標に基づいて評価されるので、スマートな社員は決して冒険的な目標は掲げない。そんなことをすると評価が低くなる。ただし、楽な目標を困難でチャレ ンジなものに見せかける努力はする。また、数値目標が分かりやすい(つまり目標をごまかしにくい)営業社員は相対的に評価が厳しくなり、数値目標が難しい (つまり目標をごまかしやすい)管理部門社員の評価は相対的に高くなる。もちろん、基本的には個人別の業績評価なので、他人の目標達成の手伝いをする余裕 はない。MBOの世界では、組織力強化などは、上の人が考える仕事だ。

2012年3月No.1 東京マラソン完走の感想

東京マラソンに出場した。今回で2回目の出場だ。東京マラソンは2007年に開催され、今年で6回目。10倍近いの当選率の中、一般抽選で2回も当選したのだから、何というクジ運の良さだろうか。

それにしても、東京マラソンはやはり日本一。コース設定は本当にすばらしい。大まかに言えば、新宿から日比谷、日比谷から品川往復、銀座から浅草往復、そして、銀座からお台場へと、約10キロずつの4区間で構成されている。とてもメリハリがはり、気分転換になる。第1区間は、都庁前から飯田橋、竹橋、二重橋を抜けて日比谷に行くコース。普段、新宿・日比谷間をこんなに遠回りすることはないので、妙に新鮮だ。第2区間の目玉は、芝増上寺に東京タワー。第3区間は何と言っても浅草雷門での折り返しだが、今年はそれにスカイツリーが加わった。第4区間はひたすらお台場を目指すわけだが、この辺になると、名所はまったく目に入らない。最後に、何カ所か上り下りが繰り返すものの、全体としてみれば下りコース。ここでよい記録が出なければ、多分、他では難しいと思う。それほど走りやすいコースだ。

実は、最近調子が今一つで、フルマラソンで4時間を切れない状態が3大会くらい続いていた。とくに昨年秋の湘南国際はひどい状況で、かなり歩いてしまった。もう一生4時間は切れないのではないかという思いが頭をかすめる中での今回のチャレンジだった。

11回目のフルマラソンなのだが、今回も本当にしんどかった。30キロ近くまではかなりコントロールされた走りができ、これは快調だと思っていた。しかし、30キロすぎから足が徐々に棒状態になってきた。とりわけ、この30~35キ ロは、お台場方向から逆向きに遠回りする(ゴールから遠ざかる)迂回コースになっている。事前に地図をよく見ていなかったせいもあり、このゴールと逆方向 に走るというのが精神的にきつかった。いったいどうなっているのか、どこまで逆向きに走るのか。かなり走っているつもりなのだが、馴染みのある晴海通りが なかなか出てこない。足は重くなる一方。ラップは見る間に落ちていく。

ここからは、もう歩こうかと いう気持との戦いだった。しかし、絶対に歩いてはだめだと叱咤激励の上、よたよた走りを続けた。いったいどのくらいでゴールできるのか、時間の感覚も失わ れていった。腕時計を見る勇気もなかったし、ラップを測るのもやめてしまった。しかし一方で、前回は若干歩いても4時間以内だったので、それほど悪くはないはずという気持ちも残っていた。

あと2キロ地点のところにあったコース上の時計表示が私を救った。実際には思ったほど悪くなかった。4時間は切れるし、もしかすると自己記録更新もありそうだ。最後の2キロ、もう一度力を振り絞った。驚くことに、まだ足は動いた。

記録、3時間54分8秒。自己記録を数十秒更新。何とか、来年も頑張ってみる気になった。それにしても、気持ちの大切さを思い知った4時間だった。

2012年2月No.2 ミラーレス一眼カメラ

先日、カメラを買った。今はやりのミラーレス一眼というやつだ。

もう40年 近く前の話になるが、大学生の時に一眼レフ・カメラを買った。当時、かなり高価な買い物だった。実は、好きで買ったというよりも、買わされたという方が近 いかもしれない。専攻が建築だったために、設計課題で作った模型の写真を撮るために必要だったのだ。模型写真を撮るには、絞りを工夫し背景をぼかすなどの 技が必要になるので、どうしても一眼レフということになる。

その後しばらくの間、この一眼レフのお世話になった。さすが一眼レフ、映した写真の出来ばえはダントツにきれいだ。撮影にもそこそこ詳しくなり、三脚持参で夜景を撮ったりなどした。

し かし、やはり、カメラ自体がかさばるので、ちょっと持っていくには不便極まりない。そのうち、使い捨てカメラが出て、ビデオカメラが出て、徐々に使う機会 が減っていった。極めつけは、デジカメの出現だ。いつの間にか、愛用の一眼レフは押し入れに入ったままになってしまった。

デ ジカメの一眼レフが出たときに、何度か買う気をそそられた。しかし、やはり二の足を踏んだ。カメラの大きさというか、仰々しさがブレーキになった。ところ が先日、旅行に行った時のこと、知人のカメラを見て驚いた。私のデジカメと比べると圧倒的に明るい。レンズがまるで違うのだ。一眼レフのようではあるが、 一眼レフほどに大きくはない。

家 に帰って、すぐに調べた。ミラーレス一眼というカメラだった。恥ずかしながら、私はそれまでこのようなカメラの存在を知らなかった。一眼レフというのは、 被写体のイメージをそのままミラーで反射させてファインダーから見る。だから、一眼レフと言う。レフはリフレクション(反射)の略。デジタル一眼レフは、 仕組み自体はこれとまったく同じで、フィルムがデジタル素子に替わっただけのことだ。そう考えると、中途半端な発展途上の技術だ。

一 方、ミラーレス一眼は、ミラーがない。ファインダーから見る被写体は、直接見ているのではなく、デジタル素子に映っている画像を見ているのだ。もちろん、 レンズ交換も可能だ。ミラーがなくなったおかげで、物理的に動く部品はほとんど消え去った。パソコンのハードディスクがフラッシュメモリーに置き換わった ようなものだ。これだ!これこそ、一眼レフとデジカメの進化の形だと直感した私は、すぐに購入することにした。

私の購入したのは、昨年秋に発売されたニコンの1V1。 考えてみれば、光学技術ナンバーワンの道を走り続けるニコン、多角化が成功し今や日本を代表する企業になったキャノン・・・厳しい技術競争の最先端でしの ぎを削ってきた日本のカメラ・メーカーはさすがに強い。市場が企業を強くしたのか、ライバルの存在が企業を強くしたのか。あっぱれ!

2012年2月 南関東直下型地震

1月23日、東大地震研究所が「4年以内に南関東でマグニチュード7クラスの地震が起きる確率が70%に高まった」と発表した。従来は、30年以内に起きる確率が70%と発表されていたので、危機の訪れが一気に早まる可能性が出てきたということだ。

ただし、「4年以内に大地震が来る確率が70%」と言われても、「4年以内に来ない確率がまだ30%」も残されているわけで、私を含め、ノストラダムスの大予言的なものに慣れきっている人にとっては、今ひとつピンと来なかったかもしれない。しかし、その後に続く発表記事を読んでぶったまげた。

何と「30年以内に南関東でマグニチュード7クラスの地震が起きる確率は98%になった」とあるではないか。「4年以内の確率が70%」にはあまり驚かなった私だが、「30年以内に98%」には驚いた。政治家ではなく、東大地震研究所の科学者が98%の確率だと断言したのだ。今年60歳になる私はもともと長生きの血筋で、父親は今93歳で健在である。つまり、ほぼ間違いなく、私が生きているうちにマグニチュード7級の地震が東京で起きると言うのだ。

ちなみにまだ記憶に新しい阪神・淡路大震災(直下型)の場合が、マグニチュード7.3で神戸での揺れが震度7、死者6,434人の大災害だった。同規模の直下型地震が東京湾北部で発生した場合の政府発表試算では、冬夕方6時で、建物全壊・焼失85万棟、死者11,000人。冬朝5時で、建物全壊・焼失23万棟、死者5,300人とある。これに匹敵する地震ということだ。

津 波の被害が甚大だった東北大震災(海溝型地震)と比べるとそれほどには見えないものの、首都圏地震の最大の特徴は間接被害の大きさだ。すなわち、地震後、 復興までの間に失う様々な機会損失のことだ。復興の間、いつまでかは分からないが、日本企業の活動は間違いなく大幅に低下する。私の仕事(コンサルティン グや研修)はゼロになる。円は大幅に暴落し、かなりのインフレになり、年金の価値はますます下がる・・・。

資料を見ると、マグニチュード8クラスの地震は、元禄時代(1703年)、関東大震災(1923年)と起きているが、ほぼ2~300年間隔。次に起きるときには、私も子供も孫も生きていないだろうから、心配なし。しかし、この間に、マグニチュード7の関東直下型地震は、天明小田原地震(1782年)、安政江戸地震(1855年)、東京地震(1894年)、丹沢地震(1924年)と数回起きている。しかも、活動期だったと言われる安政江戸地震から丹沢地震の期間は、数十年おきに起きているのだ。そして、関東では、2000年以降、活動期に入ったと言われている。

ここまで来たら、地震はあるという前提に立つしかない。覚悟を決め、行動を起こすのみだ。・・・よし、まずは明日、タンスのつっかい棒を買いに行こう。

2012年1月その2 一番大吉

昨年の正月、初めて高幡不動に行ってきた。ものすごい 人出の中、おみくじを引くと凶、人生初めての凶だった。そもそも縁起物的な意味合いの強いおみくじに凶が本当に入っているなど思いもしなかった。そう言わ れれば、神道の私は、お正月に神社に行くことはあってもお寺に行くことはほとんどなかった。お寺でおみくじをひくということ自体、はじめての経験だったか もしれない。凶のおみくじを結んでいるところ、となりの女性が三回引いてすべて凶だったと言っていたので、それなりの確率で凶が入っていたらしい。

これはあくまでも主観だが、神社のおみくじには凶はおそらく入っていない。そもそも、万物に神が宿るという「八百万の神」的な発想ではおみくじに凶を入れるなどあり得ない。これ以来、私はお寺ではおみくじを引かないことを心に決めた。

私は福岡出身だが、福岡(九 州、西日本)には、三社参りと言う習慣がある。正月には三つの神社にお参りするという風習だ。今でもこの習慣は欠かさない。今年は、明治神宮、穴八幡に 行った後、どこに行こうかと思っていたところ、妻が浅草に行きたいと言い出した。浅草はお寺なので一瞬躊躇したものの、久しぶりなので行ってみることにし た。一月三日の話だ。スカイツリー人気もあり、大混雑。明治神宮のおみくじには吉や凶などは書いていないし、穴八幡ではおみくじを出していないので、今年 はまだおみくじを引いていない。浅草寺でおみくじをひこうか、しかし、ここはお寺だし・・・、いろいろ考えた上、踏みとどまった。

厳密には三つの神社を回って ないこともあり、まだおみくじも引いていないし、結局、8日に、近場の世田谷八幡にお参りに行くことにした。なかなか風情のある、昔ながらの私のお気に入 りの神社だ。お参りの後、気持ちを込めて、みくじ棒を引いた。おぉ・・・!棒には「一番」の数字。「一番大吉」だった。・・・今年は絶対に良いことがありそうな・・・。

正 月はかくあるべき。私はすべての住職に言いたい。「仏教は哲学だ。原始宗教の神道とは違う」というのはよく分かる。しかし、正月くらい、凶のおみくじは入 れないようにして頂きたい。なにせ正月なのだから・・・。初詣の方にはぜひ言いたい。日本の場合、神仏混淆といい、神社もお寺もいっしょくただが、お寺と 神社の違いくらいは意識しておきましょう。また、おみくじを引くならば神社で。

2012年1月 年のはじめに

元旦、早稲田にある穴八幡にお参りに行ってきた。この神社で頂く「一陽来復」というお札は、冬至・大晦日・節分の24時にその年の吉方に向けて貼るとお金が貯まると言われている。「一陽来復」とは、「冬が去り、春が来る」という意味。まさに今年にふさわしいお札だ。

さて、その穴八幡にお参りに行く途中、地下鉄が地震の影響で緊急停止した。車内アナウンスがあって約10秒後、小刻みな揺れがあった。おそらくは震度4ク ラスであろうか。こんな地下鉄の中で地震が起きたらいったいどうすればよいのか・・・と考えるよりもまずは、揺れる前に地下鉄が緊急停止するという安全シ ステムにいたく感心してしまった。そういわれてみると、東日本大震災の時にも、新幹線はすべて緊急停止し脱線事故はただ一つもなかった。地震発生時に27本もの新幹線が運行中だったにもかかわらずだ。

日本の鉄道にこんなに素晴らしい安全技術が存在するのに、なぜ原発ではあんなに無残な結果をもたらしてしまったのか。JRも 東電も同じ公共事業で独占事業なのに、どうしてこんなにも安全に対する考え方や姿勢が違ってきたのだろうか。自主開発の新幹線技術と輸入依存の原発技術の 違い?目に見える鉄道技術と目に見えない原子力技術の違い?飛行機や自動車という代替手段の存在とまったく独占の電力事業の違い?いろんな理由が考えられ るし、それぞれの理由はそれなりに妥当性がありそうだ。(この違いは意外と重要かもしれない。なぜなら、この理由の裏返しが今後の電力事業の安全対策とな るかもしれないからだ。)

た だ、私が気になったのは、なぜ、電力業界が、このような鉄道業界の優れた技術や考えを学べなかったかという点だ。もしかすると、はなから他業界の事には関 心がなかったのかもしれない。「山崎さん。我々の業界はちょっと特殊で、山崎さんが経験してきた業界とは違うのですよ。」私がコンサルティングなどをやる ときに、耳にタコができるくらい、お客から聞かされる話だ。

しかし、私の20年近いコンサルティング経験から言えば、業界や業種による違いはせいぜい1割程度。後の9割は皆同じだ。経営や技術や組織運営に関する考え方に業界による違いなどほとんどない。経営者が抱えている問題の9割は他の業界に共通する事柄なのに、皆、この1割の違いにしがみついて、他の業界から学ぼうとしない。

緊急停止中の地下鉄車内で考えた。業界を超えた英知の共有。これこそ、私のような経営コンサルタントの役割に違いない。今年の書き初めはこれで決まりだ。・・・「一生現役。週休三日」(週休四日と書きたいところだが、とりあえず2012年はこんなところで。)

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