2023年4月 ワーク・ライフ・バランスに想う
先日 某コンサルティング会社で行ったマーケティング研修の時 若い参加者から 「今はワーク・ライフ・バランスが重要視されているのですが 先生の時代はどうでしたか」という質問があった。ワーク・ライフ・バランス?・・・はっきり言って 私の時代には 若い時も歳取ってからも そういう発想とは無縁だった。
学卒後 最初に就職した総合商社はもちろんモーレツ商社マンの時代。ひたひたと押し寄せるバブル前夜の中 毎日深夜の帰宅だった。一時期は 週のうち半分はタクシーでの深夜帰宅だった。タクシーの中で眠っているのだが いつも自宅近くのゆったりとした長いカーブに差し掛かると 目が覚める。運転手さんから「タクシーに乗り慣れてますね」と感心されてしまった。
最初の子供が生まれたとき 私は商社の仕事でイラクのバグダッドに出張中だった。ちょうどイラン・イラク戦争の最中で 駐在員をしばらく日本に帰国させたいので その間 約一か月 イラクで駐在員の替わりをやってくれという話だった。最初の子の出産予定日だったが その時に留守になることをあまり気に留めなかったし 上司もほとんど気にしなかった。今考えるとあり得ない。まったくもってワーク・ライフ・バランスとは無縁の時代だった。
その後に転職した米系コンサルティング会社でも毎日深夜まで仕事をしていた。ただこの時から働く意識が変わってきた。日本の会社ではないので いつクビになっても生きていけるようになろうと覚悟を決めての転職だった。サラリーマンではあるが意識としては「自分の力で生きる」という気持ちだった。一方で やるにつれコンサルティングという仕事がますます好きになってきた。コンサルティングというのは知的職人的な側面があって 特にその職人的な側面に惹かれていったのだ。夜遅くまでの仕事はまったく苦にならなかった。というか 楽しかった。ツボづくり職人や靴作り職人が仕事に没入するようなものだと思う。そしてこの頃から 商社マン時代とは違った意味で ワーク・ライフ・バランスとは無縁の生活に入っていった。
ワーク・ライフ・バランスとは仕事と生活のバランスがとれた状態を指すらしいが これは雇われ人の発想だ。職人(よく言えばプロフェッショナル)など自分の腕一本で仕事をしている人にとっては 「ワーク=ライフ」なのだ。したがってワークとライフのバランスという発想はない。
先日 エンゼルスの大谷選手がヤンキースとの試合を終えたときの囲み取材でニューヨークの街の印象について質問された。答えは「一度も街に出たことがないので分からない」だった。遠征先では睡眠管理が第一。彼は生活のすべてを野球に捧げているのだ。世界のニューヨークシティではあるものの 大谷選手にとってみればニューヨークの街歩きなど優先順位は下の下なのだ。通訳の水原さんの話によると 大谷選手の結婚はしばらくはないらしい。元ヤンキースの松井秀喜さんが結婚したのは34歳の時。大谷選手も松井さんを見習っていて それくらいになるまでは野球しか考えないということだった。
職人(プロフェッショナル)を自負する私にとって ワーク・ライフ・バランスを超越した彼のプロフェッショナリズムには憧れと尊敬を抱くだけだ。