
2026年8月その2 AIが仕事を奪う
数日前のテレビで 「米国の一流ビジネススクール(大学院)を卒業した人でも就職難。結果として一人でベンチャービジネスを始める人が多くなった」という話しを聞いた。本当だろうか。また 「就職面接の相手がAIだった」という話も出ていた。これは本当そうだ。だとすれば こうした状況の行きつく先はAIを操る企業経営者(大金持ち)とAIに仕事を奪われる者たち(低所得者)の二極化の世界に見える。そして AI先進国かつ人口の多い国ほどこの問題は顕著になるはずだ。つまり 米国と中国だ。
これもテレビでみた話だが 中国では3~5分で終わるスマホ向け短編連続ドラマが流行しているらしい。短編とはいえども 普通のテレビドラマと同様に 演出家や監督やスタッフが必要になるし もちろん俳優も必要だ。5分に満たない番組とはいえ ドラマ作りには大変な人手を要する。これにはオマケもあった。過剰投資の結果 ゴーストタウン化していた地方の高層ビルがロケ地として賑わいをみせることになったのだ。すべては この短編ドラマ大流行のおかげ・・・というのは過去の話。今は これらの多くがAI化されてしまったらしい。結果 コストも製作期間も 必要となるスタッフも大幅減。もちろん人間の俳優はAI画像に取って代わられた。今まで大忙しだった監督やスタッフや俳優のほとんどはクビになった。いっとき賑わいを見せたロケ地もゴーストタウンに後戻りしているという。
ちょっと待って。これではAIで仕事を奪われる人はどうすればいいのだろうか?AIが労働を代替すれば 供給能力は無限に近づく。言い換えると 新たなマス・プロダクションの世界到来と言ってもよいだろう。しかし AIは消費をしない。消費するのは「人間」だ。つまり 人間は労働力としての価値は間違いなく縮小していくだろうけれども 消費者としての人間の価値はますます高まっていくと考える。私はここがポイントだと思う。
単なる労働力ではなく 消費者が本当に求める価値を見極め提供できるかどうか・・・これなら人間もAIに負けない気がする。なぜなら消費者は「非合理的な感情に左右されがちの人間」だからだ。例えば 介護現場でロボットが全介助を行えるようになっても 最期に手を握り 思い出を語り合う相手は人間であってほしいと願うのは自然の摂理。あるいは 効率化されたAI製品ではなく あえて「非効率な人間の情熱」が注がれた工芸品やサービスに高額を支払うことだってあるだろう。
これもテレビで見た話だが 日本人の某フリーライターが「これからはAIを利用する」という理由で雑誌の定期掲載の契約を打ち切られたという。この方は その顛末をSNSで公表。結果 その記事を目にした別の雑誌社から新規の掲載依頼が来たという。AIには期待できない視点のユニークさが評価されたらしい。契約を切った雑誌社の編集者はいずれ後悔することになるかもしれない。
人事・研修担当者の皆様へ。人間を単なる労働力と見なすのは過去の思考。AIが何でもやってくれる現代に問うべきは 「我が社が提供する 人間にしかできない価値とは何か?」だろう。AIによって時間のかかる労働から解放される未来は むしろ 人間が「人間らしく 価値を創造する」チャンスかもしれない。