2026年9月その2 胆のうリストラ


昨年 胆のうを摘出した。胃痛・嘔吐・発熱に見舞われ 病院に駆け込んだところ 胆管が詰まっているとの診断。まずは内視鏡で胆管のつまりをクリーニングする処置を実施。その時に 胆のう内に二つの7ミリ大の石があるのが判明。2か月後 腹腔鏡手術で胆のうそのものを摘出することになった。どうやら胆石のほとんどは胆のうで出来るらしい。一件落着。
調べたところ 胆のう摘出というのは決して珍しくないことだと分かった。無くてもほとんど問題ないらしい。そもそも 胆汁には脂肪の分解・吸収を助け 体内の老廃物排泄を助ける働きがある。しかし その胆汁を作るのは肝臓。胆のうは肝臓で作られた胆汁を一時貯蔵・濃縮し 胃腸の合図とともに食事時に十二指腸に胆汁を送り出すのが役割だ。正直 こんなことを70年もやっていれば そりゃ 胆のうにカスがたまり 石ができるのも当たり前だろう。
胆のうがなくなると 肝臓から直接十二指腸に胆汁を送り出すことになる。今まで胆のうから食事後に大量放出されていた胆汁が常時少量ずつ放出されることになるのだ。人によっては下痢などが起こりやすくなるらしいが 私の場合は全く変化なし。なくなれば そのうちに体が順応するようになるらしい。すばらしい。
しかし それではそもそもなぜ胆のうという不要とも思える臓器があるのか。それは昔々の話。人間がたまにしか食事にありつけなかった時には役に立ったらしい。一度に大量に食べるので その時に貯めていた胆汁をたんまりと放出する必要があったのだ。一日三食 頻繁に食事する時代というのは人間にとってごく最近の話なのだ。たとえば 頻繁に少量の食事をとるような動物にはもともと胆のうがないか 退化しているらしい。ウマ シカ ネズミなどには胆のうがない。
そう考えると 遠い将来 このままの形で人類が進化すれば つまり一時に大量の食事をとる必要がなくなれば 胆のうは退化するかもしれない。胆のうの機能は調整役だ。何かを作り出す機能はない。こういう機能は進化に伴い不要になるのだろう。逆にそのまま残していると そこに石が溜まったり スムーズな消化機能を阻害する原因になりがちだ。
そう。私が言っているのは企業内の「胆のう」的組織や機能のことだ。つまり 調整役的な管理職や部署のことだ。昔2日に一度しか獲物を食せなかった時代には有用だったにちがいない。しかし 常時食事をとれるような時代には むしろないほうがよいのだ。あると 胆管が詰まって発熱したり 石がたまって大騒動になったりするのだ。
今やリアルタイムでデータが共有され 経営層が現場とダイレクトに意思疎通できる時代だ。この進化したビジネス環境において あなたの企業には胆のう的な組織や機能が残っていないだろうか。あって当然をゼロベースで疑ってみた方がよい。例えば
  • 過剰な承認フロー:リスクヘッジのための責任分散になっていないか?現場に権限を委譲し ログをAI管理することはできないか?
  • 定期的なダラダラ報告会議:その報告は会議で行う必要があるか?集まるのは「決めるとき」で良いのではないか?
  • 調整役的な管理職の存在:本当にそんな役割が必要か?調整役がいることによりかえって当事者の対話能力が退化していないか?

胆のうを摘出した直後は 人によっては一時的な下痢を起こすらしい。しかし 体は胆のうがない状況に短期間で順応する。つまり 残った肝臓や消化器官がより効率的に代替機能を発揮し始めるのだ。組織も同じ。あえて「不要かもしれない組織・機能」を切り離してみることで 残されたメンバーは 自分たちで判断し動かなければならなくなる。それこそが進化のプロセスなのだ。

まずは 「そもそも このプロセス自体が必要なのか?」という不都合な真実に向き合う勇気を持つことだ。あなたの企業には「あって何の疑問も持たなかった胆のう」はないだろうか?

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