2026年10月 ギャップイヤー その2


ギャップイヤー(Gap Year)・・・人事の方であれば皆知っているだろうが 私にとっては初耳だった。OECDの統計上の定義では 「ギャップイヤーとは 高校卒業後 大学入学前に一年以上空けること」となっている。自分の成長や将来の目標を見つけるための期間として一般化している呼称だという。特にイギリスやオーストラリアでは大学入学前にギャップイヤーを取る学生が珍しくないらしい。この期間に 海外留学 ボランティア活動 インターンシップ 語学研修 アルバイト 旅行 起業への挑戦など 多種多様な経験を積む。こうしたことが 自らの価値観や将来の進路を考える機会になると考えられている。国によって差があるものの OECD全体では 大学への新入生の約44%が高校卒業後1年以上遅れて進学している。それほど広く普及しているという。
ギャップイヤーの最大のメリットは 自分自身を見つめ直す時間を持てることだ。日本では高校卒業後すぐに大学へ 大学卒業後すぐに就職することが一般的であり 自分の人生や進路を十分に考える時間がない。ギャップイヤーがあれば 社会経験を積みながら 自分が本当に学びたいことや働きたい分野を明確にできるかもしれない。明確にできないまでも将来へのヒントは得られるだろう。もちろん そうなれば 大学での学習意欲が高まるだろうし 就職後のミスマッチの減少にもつながるだろう。
個人的には ギャップイヤーは海外や田舎など未知の環境で経験を積むことが望ましいと思う。そうなれば 国際感覚や実践的な能力を身に付けられる。異文化理解が向上し 多様な価値観に触れることができる。また インターンシップやボランティアでは 学校では学べないコミュニケーション能力や問題解決能力 リーダーシップなどを養うことができる。人間的な成長はもちろんだ。未知の環境で生活したり 自ら計画を立てて行動したりする経験は 自立心や責任感 挑戦する姿勢を育んでくれるだろう。多くの失敗や困難も成長の糧となるだろう。
こう考えると 採用する企業にとっても社会全体にとっても いい事づくめな気がするが なぜ日本で普及しないのだろう。おそらく一番根強いのは未だに至る所にはびこる「右に倣え」的な意識と柔軟な学校運営を阻害する文科省の縛り(あるいは縛られた規則の中に安住する大学運営)だと考える。
例えば 学生本人の中にも 親の中にもある「一年遅れる」的なネガティブ意識。このネガティブ思考を更に助長するのが日本の学校運営に根付く横並び制度。「皆一緒に4月に入学して皆4年で一緒に卒業」的な画一制度だ。あるいは柔軟な入学制度を妨げる入学定員などに関する杓子定規の文科省規定。言い換えると ギャップイヤーを後押しする自由な発想もなければ そのような自由な発想を許容する柔軟な大学運営もない。企業も同じだ。企業では さすがに年功序列発想は薄れてきたものの 未だに「定年あり」のシステムから抜け出れない。経営陣が社員の能力を的確に判断できれば定年制など不要なはずだ。この調子ではギャップイヤーの価値を認めることは難しいかもしれない。
まずは皆が「ギャップイヤーとは教室では得られない実践経験と実践教育の期間」と発想を転換する。高校と大学の間に存在するもう一つの教育機会と考えるのだ。「一年遅れる」という発想からの転換だ。その上で 社会全体でギャップイヤー推進体制を整えたい。例えば、
●高校はギャップイヤーを卒業後のもう一つの選択肢としてその存在を知らしめる。
●大学はギャップイヤー取得者を入学させやすくする。遅れて入学することを可能な制度にする。
●企業はギャップイヤーを空白期間ではなく 経験期間として評価する。入社対応を柔軟にする。
●政府や自治体は海外研修制度 ボランティア制度 地域活動などギャップイヤー支援体制を整える。
どうでしょうか。人口減の中 長期的な視点から 人を活かす方法を考える時期と思うのだが・・・。
(お詫び:PHP問題の影響を受け、しばらくホームページを閉鎖させていただきました。もう大丈夫。安心して閲覧ください。)

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