2011年8月 第4の権力
メディア王、ルバート・マードックの足元が音を立てて崩れかけている。彼の会社、ニューズ・コーポレーションの傘下にあるイギリスの人気タブロイド紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の記者が芸能人や政治家らの携帯電話を盗聴していた事が判明したからだ。マードックの秘蔵っ子と言われていた、同紙のCEO、レベッカ・ブルックスは盗聴を指示した罪で逮捕された。
ブルックスは、マードックの秘書から出発してニューズ・コーポレーションの役員まで上り詰めたやり手女性 だ。ブルックスの機嫌を損なえば、どんな記事が掲載されるか分からない。これは政治家にとって致命的だ。ブルックスは、このゴシップ満載の人気タブロイド 紙を活用して、とんでもない権力を握っていたという。「現首相/前首相とも仲良しで、事実上、彼女がイギリスを動かしていたようなものだ」という人もいるほどだ。
さて、ニューズウィーク誌(日本語版7月20日号)は、このマードック関連記事を掲載する一方で、日本社会における第4の権力(メディア)のあり方を痛烈に批判している。暗に、日本のメディアもマードックと同じ穴のむじなだと言っているようなものだ。最近、まれに見るヒット記事である。同誌いわく、「権力を監視し、政策や国家中枢の動向を国民に分かりやすく伝える事が、“第4の権力”であるメディアの役割。しかし、 この国のメディアは、その本来の使命を果たすどころか、政治の混乱を助長している。政治家同士の泥仕合に加担し、パフォーマンスをあげつらってヒステリッ クなバッシング報道を展開する。・・・政治の本質的な問題がメディアから伝えられる事はほとんどなかった。」
先日、私の大学の同級生で、東京電力に勤める友人がメディアの生贄になった。彼は二年前から、東大建築学 科の特任教授として建築設備の講義を行っていた。東京電力が寄付金を出し、出向のような形で特任教授として東大に籍を置き、学生の指導にあたっていたの だ。東大で博士号を取得している彼の研究テーマは、いかにして省エネ効果の高い建築設備を実現するかだ。専門は建築の電気設備であり、原子力発電とは関係 がない。
ところが、先日、原発問題を追及する某週刊誌が、東京電力から東大に流れている寄付金の多さをスクープ記 事として掲載、東大原発研究者と東電の間の癒着問題として追及したのである。原子力を専門とする大学教授と電力会社が仲間内の関係である事は、テレビの原 発解説を見ていれば誰の目にも明らかだった。しかし、この関係をお金という切り口でスクープするのはいかにも週刊誌的でセンセーショナルだ。
そして、その週刊誌に掲載された顔写真は、原発とは無関係な省エネ建築設備の専門家である私の友人の写真 だった。東電社員の身分で、東大の特任教授という微妙な立場が餌食になったわけだ。結果?・・・ご想像の通り、メディアに睨まれた組織は東大であれ、東電 であれ、尻尾を切っておしまい。メディアに本質的な論議を挑むものなどはいない。