2011年8月No.2 ビリオネアの座を捨てた人
大学発ベンチャー企業の第一号といえば、音響機器メーカー、ボーズ(Bose)社だろう。先日、同社のPresidentを15年務めたSherwin Greenblattの話を聞く機会があった。ご存知の方も多いと思うが、同社はMITの教授をしていたBose博士が興したベンチャー企業である。Greenblattは、彼がMITの学生だったときに、Bose教授から一緒に会社を作らないかと誘われた人物だ。したがって、彼が紹介されるときには、「Bose社の社員第一号の・・・」が枕言葉になる。それにしても、1964年、大学の先生が教え子を誘って会社を興すなど前代未聞の時代の話である。当時は、会社を作って何をやるのかもはっきりと決まっていなかったというから、誘う方も誘う方だ。
Bose社創立当初の話もおもしろかったが、私がもっとも惹かれたのは、Greenblattのいかにも誠実で、しかし技術の追求には決して妥協をゆるさない語り口だった。私はBose博士本人を見たことはないが、Bose博士が彼を誘った理由が分かる気がした。おそらくは、Bose博士自身も彼に自分と同じ価値観を見出したのだろう。
さて、売上2ビリオン・ダラー(約2000億円)と言われるBose社の創立者、Bose博士は、もちろん大金持ちである。実際、世界に数百人いるビリオネア(1000億円以上の資産家)の一人として雑誌フォーブズのビリオネア・リストにたびたび登場している。2011年のリストにも登場している。・・・しかし、来年のビリオネア・リストに彼の名前が載ることはない。
今年4月、彼は自分が保有するBose社(非上場)の株のほとんど、すなわち、彼の財産のほとんどをMITに寄付したのだ。Bose社もBose博士もこのことについては全く発表していないし、MITもこの寄付が一体いくらの価値を持つものなのかなど、詳しいことは発表していない。発表されたのは、Bose博士が保有するBose社の株のほとんどをMITに寄付したこと、MITはこの株を売却することが禁じられていること、MITには経営に関する投票権はないこと、すなわち、MITは配当を受け取る権利だけを有するということだ。
私は、自分の事務所の引っ越し記念として、3年ほど前に、BoseのCDプレーヤーを購入したことがある。自慢の一品だ。ただ、Greenblattの話を聞いているうちに、またBoseが欲しくなった。そこで、前から関心を持っていた、ノイズ・キャンセレーション機能付きのヘッドホンを購入することにした。先日、新幹線の中でこのヘッドホンを使ってiPodを聞いてみた。最高だった。しかし、欠点が一つある。雑音がかき消され、音楽の世界に入り込んでしまうために、駅を乗り越してしまわないかと不安になることだ。
一攫千金を狙うベンチャー経営者を目指す人たちは、まず、Bose社経営の研究から始めるのがよいと思う。