2013年1月その2 アルジェリア ガス・プラント襲撃事件


1月16日朝、イスラム武装集団がイナメナス天然ガス処理プラント(アルジェリア)を襲撃した。多数の人を殺害し、人質にとり、たてこもった。アルジェリア政府は軍投入を決め、17日昼、軍事作戦を実行に移した。19日午前、アルジェリア政府は同プラントを制圧し、軍事作戦の終了を宣言した。そして、さらに多くの人質が犠牲になった。(時間帯は何れも現地時間)

私は昔、日本の商社に勤務し、石油ガスプラント・プロジェクトの部署にいたことがある。30年前の話だが、オランダのエンジニアリング会社と日本のエンジニアリング会社でJVを組み、中東、オマーン国の石油ガス処理プラント建設の契約を受注したことがある。このプラントも、イナメナス・プラントと同様、砂漠の中のプラントだった。正直、今回の事件はまったく遠い出来事という気がしない。

日揮は石油ガス関連で日本最大のエンジニアリング会社で、中東、アジアをはじめとし、世界中でプロジェクトをこなしている。同社にとって、イナメナスは、アルジェリアでは、インサラーに次ぐ二度目のガス処理プラント受注だが、規模はインサラーの3倍以上あるかなり大型のガス処理プラントである。日揮は1989年のフィージビリティ・スタディから、このイナメナス・プロジェクトに参加しているのですでに20数年の関わりがあることになる。その間、2002年にターンキー契約を受注、2006年に完成。襲撃当時、同プラントの追加工事の作業中で、日本人17人を含む78人の日揮社員がプラント内で仕事に従事していた。

石油ガスのエンジニアリング会社にとって、職場は基本的に海外だ。とりわけ、石油やガスが発掘されるところであるから、中近東の砂漠や東南アジアのジャングル地帯が主戦場。しかも、顧客はほとんど政府関係で、莫大な利権が絡むだけに下手をすれば本当に戦場になる。その中で、英語がほとんど話せない現地人やフィリピン/インドなど貧しい国からの出稼ぎ労働者を部下にしての仕事だ。過酷極まりないが、それが日揮の仕事なのだ。これらの困難を脇に置いて、彼らの仕事は存在しない。

イスラム武装集団の犯行声明では、「隣国マリに介入したフランス軍への報復と即時撤退」が主張されているが、身代金目当てではないかという説も捨てきれない。そもそも、フランスがマリへの軍事介入を決定したのは1月11日のことなので、周到な準備をうかがわせる今回の襲撃では時間的な説明がつき難い。もちろん、フランスへの敵対行為であれば、フランス国内でのテロがもっとも効果的なはずだ。確かに、フランスはアルジェリアの旧宗主国だが、このイナメナスのプラントはイギリスのオイル・メジャー、BPとアルジェリア公社ソナトラックの合弁で運営されているので、フランスとの関係は薄い。しかも、外国人人質の多くは米国人や日本人やノルウェー人で、フランス人は少数派だった。

本日、21日時点での話だが、襲撃の目的が定かでない中、事件発生後数日間、日本メディアの最大の関心は、アルジェリア政府の軍事投入というやり方に集まっている。おそらく、事件発生当初、即時の軍事介入を強く批判した日本政府の印象が強かったためだろうが、この議論も急速に先細りになりそうだ。この襲撃を人質事件のように受け止めた日本政府と異なり、テロ行為だと受け止めた欧米各国の反応は、武力突入やむなしでほぼ一致しているからだ。もちろん人質無事救出がよいに越したことはないが、テレビで見たようにあれだけの重火器武装したテロ集団を相手にする限り、現実問題として武力突入以外の方法があるとは考えられない。しかも今日(21日)のニュースでは、武装集団はキャンプ侵入後すぐに何名かの人質を射殺したという。

ただ、私に理解できないのは、なぜアルジェリア政府が欧米の軍事援助を要請しなかったかだ。私には、もっと有効な軍事計画があり得たのではないだろうかという気がしてならない。実際、フランス軍支援のために隣国マリへ向かっていた米国特殊部隊には急遽作戦変更命令が下され、事件一報後4時間以内で現場で軍事対応できる態勢がとられていたという。

メディアの議論の中で今後高まりを見せるのは、セキュリティに関することだろう。テレビ番組などで、軍事施設に近寄ろうとするレポーターがセキュリティの軍人から制止されるシーンをよく見かけるが、欧米の石油関連プラントでは、まったくそれと同様のセキュリティが取られている。今回、なぜこのような襲撃が可能だったのか不思議でしようがない。内通者がいたという話だが、監視カメラなど、すべてのセキュリティ体制を買収するということが可能だとは思えない。石油とガスでなりたっている国なのだから、当然、軍隊によるセキュリティがあってしかるべきだと思うのだが、どうなっていたのだろうか。何か我々の知りえない隠された背景があったのだろうか。

このセキュリティ議論は当然、日本の対テロ・セキュリティ体制へと話が進んでいくに違いない。もう言い尽くされた感もあるが、日本のユーティリティ関連施設(発電、飲料水、ガス供給など)のセキュリティの話だ。私見だが、この話はハード面だけではなくて、ソフト面にも話が進んでほしい。すなわち、ネット関連のセキュリティ体制だ。

また、日本企業のビジネスリスクについても様々な議論が出てくるかもしれない。しかし、今回の事件で言えば、これが日揮のビジネスそのものなのだ。しかも、この分野で最大手であり、アルジェリアで20数年仕事を経験している企業の現場で起きた事件なのだ。こうした限界の中で何ができるかを考えるしかない。

さて、細かい話は別の機会に譲るとして、今回、私がさすがと感じたのは日揮経営陣のインタビュー対応だった。彼らは、インタビューで一応に、日本人社員と外国人社員を対等に扱っていた。人数に言及するときにはつねに、日本人社員は何人で、外国人社員は何人という具合だ。日揮のような世界企業になると社員に国籍の区別はない。当然の対応だとは思う。しかし、日本政府のインタビューはつねに日本人の話だ。これもやむを得ないかもしれないが、日本企業の社員という発想が少しくらいあってもよいのではないかという気はする。

事件の概要が明らかになった時点で本件に再度言及することもあるとは思うが、今はともかく、一人でも多くの日本人、日本企業の社員、すべての国の人の安全をお祈りするだけだ。

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