2013年12月その2 正しいこと


東京都知事が悪臭を振りまいている。法的に問題のあることをしたかどうかではない。彼が「正しいこと」をしたかどうかだ。法を犯すということと正しいことをするということは別の事だ。例えば 正しい人は見知らぬ急病人を助けるためにスピード違反を犯して病院に運び込む。悪い人は急病人を見て見ぬふりをする。本当の悪人は法的に見て問題のあることはしないのだ。

食品偽装や都知事の事件をみると ビジネス倫理を掘り下げて研究していた昔のことを思い出す。もう10数年前の話だが ニューヨーク・タイムズ日曜版に連載されていた人気コラム「Do the Right Thing(正しいことを成せ)」が一冊の本(「the Right Thing」)になった。私はぜひこれを日本語出版したいと思い この翻訳出版をダイヤモンド社に持ちかけたのだ。この本はその後 邦訳「正しいこと」として出版され その中のコラムの一つは日本の某ロースクールの受験問題としても採用された。私はその後 専門雑誌「金融財政事情」で約半年間コラムをもち 日本語版「正しいこと」を執筆することにもなった。ちょうど三菱自動車のクレーム隠しが問題になった時期である。

ビジネス倫理の場合「良いことをしなさい。悪いことをしてはダメ」という一般の道徳倫理と比べると多少複雑になる。ビジネスでは努力し競争して稼がねばならないという競争行為が前提になるからだ。分け与えるだけではもちろんのこと じっとして悪いことをしないだけでは稼げないのだ。

例えば 独身者同士の社内恋愛は許されるのか?別に不倫ではないし悪いことをしていないのだからよいではないか 何の問題があるのかという意見もある。しかしこれが上司と部下の関係であれば 両者の間に決して「えこひいき的な関係」が生まれないと言い切れるだろうか。同僚の間であっても 特別の便宜を図ることなど決してないと言い切れるだろうか。

例えば 年末に職場でクリスマスパーティをやり 新年に部下を連れ立って神社参拝に行く。これは許されることのか?信仰心の深い部下がいればどうだろうか?あなたの会社が多国籍企業で 部下に敬虔なカソリック教徒やイスラム教徒がいればどうだろうか?

なかなか難しい問題だが それでも原則はシンプルだ。私の場合「今の自分の行為が公になった時に 例えば新聞に大きく報道された時に それでも堂々とした態度で子供や孫に接することができるだろうか?」と自分に問うことにしている。イエスならばそれはおそらく正しいことだと言える。逆に言えば 自分の行為が公になった時に まともな記者会見さえ開けないような都知事はそれだけで正しいことをやれていない。太陽の光は最高の消毒剤だ。陽にあてなければいつか腐っていく。

一年の終わりにこういうことを考えるのも悪くない。皆さま良いお年を。

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