CEO vs. 取締役会
初版: 2008年1月
著者: アラン・マレー
訳者: 山崎 康司第1章 取締役会の反乱
第2章 企業を賭けた闘い
第3章 新しい秩序
第4章 新しいパワー・プレーヤーたち
第5章 CEO職務の変化
解説
2005年2月、女性カリスマ経営者、ヒューレット・パッカード社CEO、カーリー・フィオリナが解任された。同年3月、保険業界のドン、ハンク・グリーンバーグが37年間君臨したAIG社トップの座を追われた。製薬業界では、2005年から2006年にかけ、メルク、ファイザー、ブリストル・マイヤーズで続けざまにCEOが交代。2007年1月には、GEから鳴り物入りでホームデポ社CEOに就任したボブ・ナルデリが辞任。いったい米国企業に今何が起きているのか?
エンロン事件以降、ガバナンス強化の中、米国企業にはもはやヒーロー経営者の居場所はない。そして、その権力の間隙に、ヘッジファンド、株主アクティビストなど新たな権力追及者の手が伸びる。今や、CEOはかつてのCEOではあり得ず、取締役会はかつての取締役会ではあり得ない。20世紀最高の発明、“株式会社”の権力の行方は?
米国企業の権力争いを実名で描きながら、一方で、その根底を流れる企業権力の本質的変化を問う。
書評例
朝日新聞 書評欄 2008年2月10日
トップの“解任”劇をリアルに
05年2~3月、米国の巨大企業で最高経営責任者(CEO)が続けざまに事実上解任された。あまりにも権力を掌握しすぎたヒューレット・パッカード(HP)社のカーリー・フィオリーナ、経営倫理回復を唱えながら自身は社内不倫をしていたボーイング社のストーンサイファ、世界最大の保険会社AIGに37年間帝王として君臨し、最後は不正を暴かれたグリーンバーグ。
ウォールストリート・ジャーナル紙の著名コラム執筆者は前半、三つの“解任”劇を実名入りでリアルに再現し、読者を一気に引き込む。
取締役会の反乱。著者が解任劇を通して描くのは企業権力の大転換だ。CEOが絶大な力を持ち、取締役会も支配し、巨額の報酬を得た時代は01年のエンロン事件以降の一連のスキャンダルにより終焉。内部統制強化を求めるSOX法や新規制で独立性を高めた取締役会へと権力がシフトした。年金ファンド、株主助言サービス、NGO(非政府組織)など、経営にものいうアクティビスト(活動家)の台頭が後押しする。
後半、HP社の取締役会内部での情報漏洩をめぐる犯人探し、報復・・・と新しい世界の混乱状態も示す。そして、アクティビストとも協調する新時代のCEOたち。丹念な取材と細部にわたる描写で引きつけつつ、企業統治のあり方を問う構成力に脱帽。日本版SOX法導入前夜、本家の事情を知る好著だ。
勝見 明 (ジャーナリスト)
日経新聞 書評 2008年2月24日
米企業の権力構造変化を活写
ヒューレット・パッカード、保険会社のAUG、航空機メーカーのボーイングで、2005年に起きた最高経営責任者(CEO)の解任劇から本書は始まる。
米国の大企業を経営するCEOの多くは、事実上の独裁者として君臨し、破格処遇を享受してきた。その権力構造が変わりつつある内幕と背景を活写している。
米国の大企業では、社外取締役中心の自立した取締役会がCEOを監視するというのは多分に建前だ。CEOは社外取締役に仲良しを招いて厚遇し、自ら会長を兼任することで取締役会を取り仕切る。巨大企業のCEOは「偉大な君主の地位と権力に匹敵する」とはあながち誇張ではない。
しかし取締役会はもはや、業績低迷や企業の私物化、不祥事などの問題を抱えるCEOに、寛容ではいられなくなったという。投資家などから訴えられる恐れが高まってきたからだ。取締役会の義務は「単なる厄介な責任というものから金銭的リスクを伴うものになった」と指摘する。
取締役を突き動かしCEOの地位を脅かす「新しいパワー・プレーヤー」の登場に、著者は注目する。年金ファンド、ヘッジファンド、プライベート・エクイティ、株主助言サービス、社会派アクティビスト、非政府組織(NGO)などだ。株主として、あるいは環境や社会問題などの解決を迫る運動として、大企業に注文を突きつける様々な勢力の台頭である。
今やCEOには、社会からの多様な要求にも応えられる「良き政治家の手腕と努力と行動が必要」だという。CEOをチェックする制度も強化された。この流れは、経済的繁栄をもたらす株式会社本来の役割を損ねないだろうか。かえって業績を高めるとの主張もあるが、著者は安直に結論を出さず問題的にとどめている。
ジャーナリストらしく具体的な事例を織り交ぜて臨場感ある描写で読ませる。加えて資本と経営が分離した大企業の本質的な問題にも歴史的な視点から言及し、奥行きのある読み物になっている。グローバル化により、本書が描く地殻変動は日本の経営者にもひとごとでは済まないだろう。
特別編集委員 森 一夫