2012年6月 五月病の方にささげるレジリエンス理論(その1)
2006年の話、「仕事ストレスで伸びる人の心理学」(ダイヤモンド社)という本を翻訳したことがある。今までに7、8冊の本を翻訳しているが、基本的にはこれは面白いと思った本しか引き受けないので、皆、それなりの良書ばかりだ。中でも、最高の内容と言えるのがこの本である。
私 が本を翻訳する場合、気に入った原書の翻訳出版を出版社に持ち込む場合と、出版社から翻訳を依頼される場合の両方があるが、この本は後者だった。そういう 意味で、この本に関わることができたのは“運”そのものだった。私は今でも、私に翻訳を持ちかけてきた編集者の方に心から感謝している。
五月病でストレスを抱える方のために、ほんのサワリだけ説明したいと思う。何せ、私はこの本の内容を実行したおかげで売り上げを二割伸ばすことができた・・・と心から信じている。
本書は、イリノイ・ベル電話の450人の社員を1975年から十数年にわたって追い続けた心理調査の結果を一般書としてまとめた本である。世界の心理学者百人に選ばれたことのあるサルバトール・マッディによって書かれている。イリノイ・ベル電話はAT&Tの子会社で、この時期は、通信規制の撤廃、AT&Tの 分割など、まさに、合併・リストラの嵐の前、最中、その後をカバーしている。この怒涛の変化の中で、マッディが見たものは、ストレスにさいなまれ、中には ひどく健康をむしばまれるような人と、ストレスの中でも成長を見せた人の二種類だった。なぜこのような状況の中で成長することができたのか・・・これが心 理学者の興味をかきたてた。
この本の原書名は、Resilience at work (職場におけるレジリエンス)という。レジリエンスとは“弾力性”という意味で、本書で書かれたストレス対処法をレジリエンス理論と呼ばれている。著者はこの権威である。
心理学では、急なストレスに見舞われた時の典型的な反応として、ファイト・オア・フライト反応と呼ばれる。ファイト(Fight)は戦うこと。フライト(Flight)は 逃げ去ること。つまり、人間は急なストレス状況に対面すると、そのストレスと戦うか、あるいは、逃げ去るか、このどちらかの行動に集中するということであ る。これは、有史以前にさかのぼる人間の本能的な習性と言われている。例えば、森の中で、肉食恐竜に出くわすと、とっさに戦うか、逃げるかしなければなら ない。そこで躊躇すれば命はない。戦うにしろ、逃げるにしろ、体のすべての機能はこの目的に集中する。そのために、それ以外の体内機能、たとえば、消化機 能とか睡眠機能とか、いわゆる人間の健康を維持するための日常的な機能は優先順位が下がる。
もちろん、これが長く続くと、健康にさまざまな悪影響が出てくる。たとえば、五月病である。(続く)