
過去のひと言
- サイバーキャブ: テキサス州オースティンでは 2026年1月に許可されて以来 運転席に誰もいない「完全無人」のロボタクシーが有料サービスとして堂々と街を走っている。ロボタクシーはすでに数十万マイルの商用走行実績を積み上げ さらに全米7都市への拡大を狙っている。自動運転タクシーの専用車種“サイバーキャブ”は今年中に量産体制に入る計画だ。日本が例外だと誰が言えるだろうか。
- Optimus: マスク氏がテスラの第2の成長軸と位置付けているのが人型ロボットOptimusだ。カリフォルニア州フリーモント工場のModel S/X生産ラインはOptimus生産ラインに改修予定。量産向け第三世代Optimusはすでに実験段階から運用段階に入っているという。今年中に月間1万台 最終的には年間100万台の生産体制を目指すと発表された。もちろんOptimusは自動車などの製造分野のみならず 家事や重労働を含むあらゆる産業分野の担い手になる事が想定されている。そのための“人型”なのだ。このAIロボットが乗用車並みの価格で市場に放たれようとしている。
2025年1月 高校ラグビー雑感
あけましておめでとうございます。7月以降 どういうわけか仕事に忙殺され このエッセイ欄もすっかりさぼってしまいました。とりわけ 年末年始は大変なスケジュールでした。年末は断り切れない用事で海外に出かけ帰国したのが30日夜。それから孫の花園ラグビー応援のために 正月三が日を大阪で過ごすということになりました。
今回は花園(東大阪市)とラグビーがらみの話。そもそも花園(あるいは東大阪)はラグビーの街がアピールポイント というかラグビーで成り立っている街。高校ラグビー大会のある期間はまさに街中がラグビーだらけで大混雑です。
大会は第1 第2 第3の3つのラグビー専用グラウンドを用いて行いますが 準々決勝からはすべてメインの第1グラウンドを使用。26,000人以上の顧客を収容する立派なグラウンドです。この花園の第1グラウンドでプレーするというのは高校生ラガーマンの一つの夢といっていいでしょう。準々決勝では観覧席の一部が一日指定席になっており 試合の数日前には満員御礼となります。1月3日の準々決勝は地元の人たちがこの指定席に座って弁当・ビールを片手に一日中準々決勝の4試合を楽しむという風情。寒さ対策さえ怠らなければこれはなかなかの過ごし方に見えました。
さて孫の所属する東海大相模高校はシード校。順調に勝ち進んだのですが 準々決勝で強豪 東福岡に惜敗。ベスト8で終わりました。それにしても東福岡戦は大接戦。最後の5分で逆転されたものの得点差はわずか4点。しかも ノーサイドまであと1分のところで今度は再逆転のチャンスを得ます。トライラインまであと10メートルの地点で相模ボールのラインアウトです。これをトライすれば勝利。そして ラインアウトのボールを確実に確保し モールで押し込むという相模得意の体制に。この時点で相模の応援団は皆勝ちを意識。応援は最高潮に。しかし なんとしたことかモールの中でボールをポロリ。万事休すとなりました。最後は焦りというか 経験の差でしょうか。
孫自身は第3戦と準々決勝でスタメン出場。身長167センチという小柄ながら フォワードで2年生のスタメンは彼一人だけという栄誉でした。しかも両試合でそれぞれ一つずつのトライ。とりわけ第3戦のトライはカメラアングルがよかったため ネットのみならず朝日新聞神奈川版でトライシーンの画像が掲載されました。何という幸せな男でしょう。
ただ彼は花園の2か月前の県予選で肩を脱臼。ぎりぎり花園に間に合いましたが 本当に出れるのかどうか最後の最後まで分からない状況でした。間に合わねば登録からはずれ ベンチにも入れません。そもそも100人を超す部員の中で メンバー登録できるのは25人だけ。3年生でも登録されない選手はたくさんいますし 実際にケガで登録から外れた選手もいます。登録選手は大阪のホテル泊ですが 非登録の応援部隊は少し離れた京都のホテルです。孫がそういう厳しい競争を経験し 恵まれた状況に感謝しながら頑張っている姿を見ていると 冗談なしに涙が出ます。この1年でかなり成長したようです。
東海大相模のラグビー部には寮はありません。全員が自宅通学です。今回の花園出場校で寮がないのは相模だけだとのことでした。したがって寮費は発生しませんが それでもそれなりの出費はあるようです。遠征費やら何やら 父母は月数万円以上かかっているとのことでした。ちなみに登録選手の参加費は学校から出ますが 非登録選手の同行費は部員の父母全員で分担して負担します。同校のラグビー部監督は高校の先生で学年主任です。勉強をおろそかにさせず 遠征のたびに父母の金銭的負担に感謝しろと説明してくれるのはありがたいことです。
2026年2月 選挙と不倫
衆院選挙真っ最中の今(2月6日) いろいろネットで調べていると 先月の前橋市長選挙の話が引っかかってきた。妻子ある男性部下(市の幹部職員)とラブホに10回以上通い詰めたあげく 不倫疑惑で辞職。しかしながら 出直し選挙で再選を果たした小川市長の話だ。下手をすれば 不倫相手の妻から訴えられてもおかしくない状況のなか 圧倒的な大差で再選を果たしている。前橋市民はそもそも政治家にモラルなどなんの期待もしていないのだろうか。私にはとても信じられない出来事だった。
一方で 不倫相手とみなされる男性はラブホ報道の翌日に降格・配置転換させられたという。私が注目したいのはまさにこの点。行政トップの市長と市の職員はれっきとした上司・部下の関係にある。しかも幹部職員であれば直接的な上司・部下の関係である。問題が明るみに出て 時間の差はあれ 上司である市長は辞職 部下である市職員は降格。まあ当然の結果のようには思える。
問題はこの一件が明るみに出なかったならばどうなっていたかという話だ。おそらく 不倫相手の幹部職員は市長である上司のご寵愛に預かり 二階級特進ていどの昇格 もしかすると市の大幹部に抜擢となる可能性もあったのではないだろうか。市長のオシとあればその昇格に異を唱える人はあまりいそうもない。この一連の不倫騒動の中で この観点の議論をほとんど目にしなかったのが気になっていた。
もちろん 上司と直属部下との間の恋愛は不倫にとどまらない。純粋な恋愛相手でも同様の問題は起こりえる。ある大手企業との会合に珍しい苗字の女性(非管理職)が参加したことがある。実は彼女が所属する事業本部長も同じ名前だった。不思議に思い尋ねると 数か月前に結婚したとのこと。歳の差婚ですと笑い話になった。ちょっと待って 笑って済ませてよい問題だろうか。その女性を人事査定する部長や課長に夫である事業部長への忖度が働かないと言い切れるだろうか。私個人的には 結婚が決まった段階で 人事に相談の上 女性の配置転換をお願いするのが筋だと思う。実は 職場における上司と部下の恋愛問題はモラル的に議論を引き起こしがちで 欧米ではビジネス倫理のケースとしてよく登場する。
前橋市長再選挙の結果を眺めて 日本では不倫も恋愛も何とおおらかに受けとめられるものかと考え込んでしまう。今回の衆院選 自民党裏金疑惑議員が堂々と公認を受け かつ 比例名簿にまで名前を連ねるご時世。色恋はさておいても お金の問題だけは厳しい態度で臨もうではないか。
2026年3月 SINGULARITY
映画「ターミネーター」では 人間が開発したスカイネット(情報ネットワーク)が人間に依存しない自律した能力を備えることになる。結果として スカイネットは人間社会を攻撃し破壊しようとする。生き残った人間レジスタンスはスカイネットに戦いを挑む。人間にとっては到底勝ち目のない戦いだが タイムマシンが人間に味方する。タイムマシンに現実味があるかどうかには疑問が残るが スカイネットには現実味がある。そして スカイネットと人間が戦えば人間に勝ち目はないというのにも納得感がある。
皆さん方は”Singularity”という言葉を聞いたことがあるだろうか。日本語では「技術的特異点」と訳されている。システムが人間に頼らない自律的な能力を持つ時代への転回点を指す。たとえば パソコンが自分で自分のソフトの欠陥や問題点を発見し 自分でそれを改善する。つまり パソコンが自分で考え 解決策を生み出し 解決に向けて実行する時代の到来だ。時代はその一歩手前まで来ているような気がする。そうなれば スカイネット到来まではもう少しかもしれない。
先日 このSingularityという言葉を思い起こすニュースに出会った。1月に米国で公開された”Moltbook”というSNSに関するニュースだ。自律型AIのみを対象にした世界初のSNSだ。未だセキュリティ上の問題を抱えているらしく 安易な参加には警告が発せられている。しかし このSNSのインパクトは大きく イーロン・マスクは「MoltbookによりSingularityの初期段階に入った」とコメントした。
どうやら 私たち一般人がChat GPTやGeminiなどの生成AIをこれは便利だと利用し AIとは便利なものだと考え始めている間に 世の中は確実に自律型AIの時代に突入している。10年もしないうちに 経営者と従業員数人のみで運営する売上げ1千億円のIT企業が出現するかもしれない。その企業を実質的に動かしているのは自律型AIだ。ある意味 背筋が寒くなる。
なぜ背筋が寒くなるのか。ホワイトカラーの職がAIに奪われるから?確かにそれもある。しかし 本当の恐怖はもっと根本的なところにある気がする。人間社会を形作ってきた「道徳」の崩壊だ。
たとえば 自動運転する車が 危険状況に直面したとしよう。そのままハンドルを切らねば100人の死傷者を生む事故に発展する可能性がある。その可能性は30%。そして 車に乗っている本人が死傷する可能性は90%。一方 ハンドルを切れば数人の子供の列に突っ込み 90%の確率で何人かの子供の命はない。しかし 100人の死傷者を生む事故に発展はせず 本人の命が助かる可能性も90%。さて 自動運転を支配する自律型AIはどういう判断を下すのだろうか。
例えば 製薬会社が新薬の開発に自律型AIを活用すると仮定する。開発中の新薬は1万人の命を救うが数10人の命を奪いかねない。AIはこの開発をどう判断するだろうか。
100%自律型のAIは本当に登場するのだろうか。そのAIは道徳を持ちえるのだろうか。その道徳とは誰の道徳なのだろうか。人間社会の道徳と相いれるのか。正しいかどうかを考えるためにいったん立ち止まり人間の意見を聞く能力を備え得るのだろうか。来るべく自律型AI時代を念頭に もう一度ターミネーターを見ることにしよう。怖さが一段と身に染みるに違いない。
2026年4月 テスラ その「脱皮」のすごみ
研修の現場で「考える技術」を教えていると 受講者の皆さんが一様に苦しまれるプロセスに気付く。それは「捨てること」だ。積み上げてきた実績 慣れ親しんだ手法 そして何よりも「成功体験」。これらを捨て去る決断は 過去の成功体験が大きければ大きいほど 組織が大きくなればなるほど 勤務年数が長ければ長いほど 難しくなる。最近 私が最も衝撃を受けたニュースは その「捨てる技術」の極致とも言えるものだった。
2026年1月末。テスラ社が発表した経営方針の転換は 自動車業界のみならず 全てのビジネスパーソンにとって衝撃の内容だった。高級セダン「モデルS」と高級SUV「モデルX」の生産終了を突如として発表したのだ。ピックアップを除いて4車種しかないうちの2車種の生産を辞めるというのだ。しかも この2車種は テスラが世界のEVトップメーカーであることを象徴するリーディング・ブランドだ。
イーロン・マスク氏はこれらを「名誉除隊」と呼び そのリソースをすべて人型ロボット「Optimus(オプティマス)」と 自動運転タクシー(サイバーキャブ)の開発・量産に振り向けると宣言した。例えるなら トヨタが「クラウン」や「ランドクルーザー」を来月から作らないと決め その工場をすべてAIロボット製造ラインに作り変えるようなものだ。日本の自動車メーカーには逆立ちしても真似できない芸当だろう。
すでにテスラはこの実現に向けて着実にステップを踏んでいる。
なぜテスラはこれほどまでに大胆に変われるのか。それは 彼らが自らを「自動車会社」ではなく 「動くAIを開発する会社」だと定義し直したからだ。目的が変われば、手段への執着は消える。これに対し 日本の多くの企業は「手段」を「目的」と勘違いしがちだ。「良い車を作る」「良い資料を書く」という手段に習熟するあまり 本来の目的である「移動の自由」や「意思決定の支援」を見失ってしまう。
企業の皆さんに求められるのも まさにこの視点だろう。「今までこうしてきたから」という過去の延長線上で考えるのではなく 「今 最も価値を生むリソースの使い道は何か?」をゼロベースで問い直すこと。テスラの変身は私たちに「現状維持は緩やかな退化である」という冷徹な事実を突きつけている。
「モデルS」という成功体験をゴミ箱に放り込み 誰も見たことのないロボットの未来へ賭ける。その狂気にも似た決断力に 私は畏怖の念すら覚えてしまう。皆さんのデスクの上には 本当は「捨てるべき成功体験」が眠っていないだろうか? 私自身も テスラに負けじと常に自らをアップデートし続けたい。そう強く感じた出来事でした。
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