過去のひと言


2018年8月その2 人材育成を担う部署

私の現在の仕事はほぼ100% 企業向けの研修だ。企業向けの研修をやっていると 事業部が直接的に研修を主催し窓口となる場合 本社人事部(または人材育成部や研修部)が窓口となる場合 あるいは 人材育成の子会社が窓口となる場合など様々だ。

研修をやる側からすれば 一番やりやすいのはもちろん 研修実施を希望する事業部が直接窓口となる場合だ。人事部などの管理部門を介すのではなく 直接やりたいという事業部の大きな熱意が直に伝わってくる。事業部と直接意見を交わすことにより 事業部や参加者のニーズが直接理解できる。さらには パッケージ型の研修を超えて もっとテーラーメイド型のワークショップを組めないかなどの前向きな話に発展することも多い。私としてはこのような話には可能な限り対応することにしている。商売抜きに面白いからだ。当然 事業部としても参加者としても満足度は高いものになる。少なくともスキル研修に関して言えば もし規模的にこのような仕組みが可能ならば 本社人事部はこのやり方を奨励すべきだと思う。管理部門はなるべく干渉しないようにし サポートに徹するのがベストだと思う。

しかし 管理職研修(職階別研修)などの場合には事業部任せというわけにはいかない。この場合 当然 本社の人事部(研修部)などが窓口になる。ただし管理職研修などの場合には 参加者に一定の共通ニーズがあるので やる側から言えばやりやすい。

問題は 様々な事業部から公募で参加者を募る場合だ。この場合も本社の人事部(研修部)などが窓口にならざるを得ない。しかし 公募参加者を対象とする場合は ニーズがバラバラなだけにやる方としては難しい。どこに的を絞って説明すべきか悩ましいことが多いのだ。したがって 参加者の満足度にもばらつきが出る場合が多い。この場合 主催者側では 公募の際に研修内容をしっかりと説明し あるいは公募基準を明確に定めるなどして 参加者のニーズを可能な限り共通化する努力をしなければならない。これがやる側と参加者の双方から見てお互いのためになる。参加者を募集する人事部がこの事を理解しているといないでは効果に大きな違いが出る。

昔 公募参加スタイルでカフェテリア方式と言うのが流行ったことがあり 閉口したことがある。本社の研修担当部署がカフェテリアメニューを増やすことに躍起となり 実施はすべてやる側と参加者任せで「ご自由に」という カフェテリアというよりもビュッフェ形式になってしまったからだ。研修は 公募形式こそが 主催者(人事部)がもっとも神経を払わねばならない もっとも負担の多い形式だと思う。

中には 人材教育の子会社を作り そこが窓口になるという場合もある。例えば 三井住友ファイナンシャル・グループの場合 SMBCラーニングサポート(株)という子会社があり ここがグループ企業の研修窓口になっている。この会社は グループ内個別企業全体の共通研修窓口であり グループ力強化の狙いもある。SMBCグループには 三井住友銀行の他 三井住友信託銀行 三井住友カード 日興証券 日本総研など有力な個別企業が軒を並べているが こうした企業が一緒に参加して共通の研修を受けられるようになっている。とても理にかなっている。

しかし まれな例であるが 本社にあるべき人材育成部門を子会社にして そこで本社の様々な事業部の人材育成を一手に引き受けさせるという企業もある。人材育成プログラムに「・・・アカデミー」や「・・・カレッジ」など名前を付ける場合は多いが それを一歩進めて「・・・アカデミー株式会社」にしてしまうケースだ。私にはこの理由が今一つ理解できない。

この子会社に自社研修を外部に営業させ独立採算にさせようとするのならまだわかるのだが 実際にはそういう能力のある会社などほとんどいない。では どうして子会社にしなければならないのか?もしかすると人材部門にもコスト意識を徹底させようという考えがあるのかもしれない。しかし これには大きなリスクがある。人材育成にかけるお金は費用(コスト)だという意識が蔓延してしまうからだ。

多くの経営者は「人は資産だと言う」。もしそう考えるのであれば 資産価値を上げるために費やすお金は費用ではなく「投資」のはずだ。製品開発に投じるお金を費用ではなく資産に計上するのと同じ考えだ。人材育成をどう行うか どこが運営の責任を担うのか よ~く考えた方がよい。

2018年8月 提案力の強化

最近 某大企業の開発部から「提案力強化」のご相談があった。実は 提案力強化というのはまさに今日的テーマで よく出くわすテーマだ。数十年前の大量生産・大量販売の時代ならともかく 今の時代 完成した商品を売るだけの営業などほとんど存在しない。例えば 小売店を経由して消費者に物を売る消費財メーカーの場合 たとえ一流メーカーであったとしても それなりの商品を開発し それなりの広告宣伝を打つだけでは限界がある。ましてや 普通のメーカーではまともに仕入れてくれることもない。「どうやれば売れるか」・・・売り方を小売店に提案し こうやれば売れると説得しなければ 話が進まないのだ。これが消費財メーカーの現実である。

しかも 今のB2Bビジネスでは 単なる商品(ハード)販売ではなく サービスや委託業務などを提供するソフト・ビジネスが主流となっている。このようなビジネスにとって提案力は生命線そのものである。

さて「提案力強化」と聞いて 皆さんは具体的に何の強化を想像するだろうか?先の某企業から舞い込んだ「提案力強化」のご相談は 私がやっている研修(考える技術・書く技術)の延長線上で登場したものだ。「考える技術・書く技術」→「説得力のある提案書作成」→「提案力強化」という流れだ。これは間違いではない。しかし 誤解を招きがちと言えるかもしれない。

私の教えている「考える技術・書く技術」の教材は「読み手の理解」から始まる。そして最後に行きつくのもここだ。なぜなら読み手の理解こそがライティングでもっとも重要なことだからだ。ライティングの半分は読み手の理解にあると言ってよい。提案書もまったく同じ。一番重要なのは顧客の理解なのだ。これがうまくできない限り 説得力のある提案書も書けなければ 提案能力の強化も難しい。

問題は 今日の複雑なビジネスでは 一人で提案書を作成するなどほとんど不可能なことにある。冒頭のご相談企業の場合もそうだったのだが 提案書の作成には複数の部署が関与していた。開発部が中心になり 製造部やロジスティック部や営業部が全員一体となって提案書作成に参加していたのだ。当然、営業だけが顧客と話をしていたのでは その真意は他の部署には伝わらない。しかし 提案書の中心になる開発部の中には顧客対応窓口はないし 決まったルールもガイドラインもない。顧客との面談に開発部がどう関与するかは人任せだ。そう考えると 誰がどうやって顧客理解を深め 関係者間でその理解を共有するか・・・それらは組織の在り方 顧客対応の仕組みにまでさかのぼることになる。

「提案能力の強化」の半分は「顧客を理解する能力の強化」。すなわち 組織としてどうやれば顧客をより深く理解し その理解を共有できるかだ。残念だが これを避けての提案能力強化は難しい。提案書に限らないが ライティングとは実に奥が深い。

2018年7月 高橋真梨子のアドバイス

先日 NHKのSONGSという番組に高橋真梨子が出演していた。MC大泉洋との質疑応答に答えながら歌を挟むという形式だった。

私は高橋真梨子のファンで ここ数年 毎年一回はコンサートに通っている。一時期 声力が今一つと感じた時があったが 今は昔の声質に戻っている。しかし 紅白歌合戦でガリガリに痩せた姿を見 伴侶でバックバンドのリーダーを務めているヘンリー広瀬さんの体調が思わしくないという話も耳にするなか 今のうちに生を聞いておかないとという気持ちになる。

SONGSで面白かったのは 大泉洋の「高橋真梨子のような歌手を目指す人にどのような助言をするか?助言を3つ挙げてくれ」という質問への答えだ。正確ではないかもしれないが 高梁真梨子はこう答えた。第一に「媚びないこと」、第二に「チャンスを逃がさないこと」、第三に「がむしゃらに歌うこと」。

この答えを聞いてびっくりした。なんとこの三つは私が仕事をするうえで常に意識していることだからだ。

媚びるな・・・高橋真梨子が言っているのは 自分の信念は曲げてはならない。信念を曲げてまで仕事をとろうとしてはいけない 自分を信じろ 妥協するなということだ。私の研修の仕事の場合 絶対に譲れないのに「20人という参加者の人数制限」がある。これを超えると参加者とのコミュニケーションを重視した私の研修運営がとたんに難しくなる。

ある時 日本を代表する超一流総合商社から研修の問い合わせがあった。子会社・関連会社の社長をやっている社員たちの研修プログラムに私の研修を組み込みたいということだった。ボトルネックになったのは参加者の人数だ。先方によれば 対象となるのは25人。皆忙しいので 欠席者が出る。結果的に20人くらいに収まるだろうから よいではないかという話だ。担当者の顔には「わが社の研修をすればすごいPR効果もある。この程度の要求を受け入れないのはおかしい」という表情がみえみえだった。残念だがご辞退させていただいた。たとえ相手がどんなに超一流企業であろうが 私には譲れない一線がある。私が喉から手が出るほど仕事がほしい困窮状況にあろうがこれは譲れない。

チャンスを逃がすな・・・高橋真梨子は「数多くではないかもしれないが チャンスは必ず来る。それを逃してはならない」と言った。本当にその通り。私が今「ピラミッド原則」の伝道者としてこの方面での日本の元祖とみなされているのはまさにそのチャンスを逃がさなかったからだ。1984年外資系コンサルティング会社で働いているときに「ピラミッド原則」(原書)と出会い 感激のあまり 本書の日本語翻訳を私に任せてくれとロンドン在住の著者に手紙を書いたのがすべての始まりだった。その後 紆余曲折を経て 日本語訳(「考える技術・書く技術」)の出版にこぎつけたのが1995年。原書との出会いから10年経っていた。その間 多くの日本人が原書を読んでいるはずだが 著者に直接コンタクトしたのは私だけだった。

がむしゃらに歌え・・・がむしゃらに働けということだ。決して出し惜しみをしてはならない ともかく直面する仕事に全力を注げということだ。これについては 私は人に負けない自信がある。準備もそうだが 研修クラス中(通常は4時間45分くらい) つねにどうやれば参加者に内容を理解してもらい 身につける助けとなるかを考えながら 全力投球している。65歳の今 研修が終わった後はいつも 寿命を1~2日縮めた思いがする。

高梁真梨子の話しを聞いて 仕事にかける気持ちに関しては これでよかったのだと なぜか少し報われた気がした。

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