過去のひと言


2010年3月No.2 天才棋士デビュー

年 末頃に、文化的な趣味も持たねばと一念発起し、将棋盤、駒、そして、将棋ソフトを購入しました。本によると、将棋は序盤、中盤、終盤、詰めと展開するとの こと。上達するには、序盤をしっかりと駒組みできるようになるためにある程度の定跡を勉強し、かつ、詰めを会得するために詰め将棋も勉強する必要があるら しい。

パソコンソフトと将棋対戦 (中レベルで)をやっているうちに分かった事ですが、将棋ソフトは序盤はとても強いのですが、詰めのところでもろい時があります。これは負けそうだと思っ て、徹底的に攻めに徹して詰めているうちに、ソフトがミスをして勝つ事があるのです。考えてみれば、将棋の序盤はある程度、定跡が出来上がっているのでソ フトを組みやすい。しかし、詰めのパターンは千差万別です。パソコンソフトと将棋対戦をやるときには最後まであきらめてはならないというのが教訓です。負 けそうになったら攻めて攻めて攻めまくれ。そうすると、そんな対応をプログラムされていないソフトはミスとする・・・かもしれません。

先日、NHK杯将棋準決勝で渡辺竜王と糸谷五段の対戦をやっていました。大幅に放送時間が余るほどの糸谷五段の圧勝でした。正直、本当に驚く内容でした。天才棋士、糸谷五段が全国放送で日本の将棋ファンに糸谷ワールドを見せつけた瞬間です。

糸谷五段はプロ棋士として初 めて国立大学(大阪大学)に合格した人です。東大卒業者などがプロ棋士になった例はあるが、プロ棋士という既にプロの勝負の世界にかけている人が国立大に 合格するのは始めてとのことです。しかも、推薦入学ではなく、一般入試での合格です。現在、プロ棋士と大学生という二足のわらじで、大学では哲学を勉強し ていると言います。

将棋の世界は実力のみの世界、学歴無用の世界です。しかも、小さいときから奨励会入りしてプロを目指し、プロになれば多くの対局に勝ち残りをかけねばなら ない厳しい世界です。棋士は皆ずば抜けて頭のよい人ばかりだとは思いますが、学歴的には、大学に行く暇などない人ばかりだと思っていました。米長棋士は、 「二人の兄は頭が悪かったので東大に行った」と名言を吐きました。・・・糸谷五段の全国デビューは、将棋界に新たな革命を巻き起こしそうな雰囲気です。

2010年3月 トヨタに急ブレーキ(その2)

前回、プリウスの持つハイテク機能の中に占めるソフトの割合は実に大きなものになっているはずだという話をしました。トヨタは間違いなく世界トップクラスのテクノロジー企業と言えます。しかし、少なくとも私にとってのトヨタの技術イメージとは、ものづくりの技術です。

昔、 外資系のコンサルティング会社に勤めているときに、多くの自動車関連のコンサルティングに携わりました。今でも明確に覚えているのは、ホンダの開発者の話 です。「トヨタの生産技術は本当にすごい。新開発の車でも、販売当初から完璧に仕上がっている。ドアとボディがまったく狂いなく収まっている。ホンダの場 合、最初の数ヶ月は、どうしても、ミリ単位の狂いが出てしまう」と語ってくれました。25年前の話しです。

しかし、時代は、見える技術から見えない技術の時代へと進化していきました。トヨタは間違いなく、見える技術では世界のトップと思いますが、見えない技術ではどうでしょうか?

今回のプリウス・ブレーキ問題では、結局、ABS制御のコンピュータ・プログラム上の不具合と、新型プリウスで新たに採用したABS作動後の油圧ブレーキ・システムの違和感が、原因だと説明されました。

後 者に関して言えば、今までのプリウスでは、ブレーキの踏み具合をセンサー感知し、それを電気式ポンプに伝え、油圧ブレーキを稼動させていたといいます。回 生ブレーキと油圧ブレーキを統合制御するためには、データを統合処理するしかなかったわけです。しかし、この時のノイズなどに不満の声があったために、新 型では、ABS作動後は、電気式ポンプではなく、ペダル圧力をメカニカルな形でそのまま油圧ブレーキに伝えるシステムにしたそうで、どうやら、この新システムの反応に大きな違和感があったようです。

結 局のところ、ソフト制御の一部をハード(メカニカル)に戻そうとしたことに無理があったと言うわけです。あまりにも複雑なシステムの連携状況に驚いてしま いますが、私には、「いったん、見えない技術の世界に足を踏み入れてしまえば、もう古きよき時代に戻るのは無理なのだ」と言う声に聞こえます。

豊 田社長は、記者会見の席上、プリウスのブレーキ問題の対応遅れを説明する際に、“カイゼン”という言葉を用いました。はたして、見える技術におけるカイゼ ンと見えない技術におけるカイゼンを同じレベルで議論してよいのでしょうか。プリウス・ユーザーとしては、一日も早い、トヨタの経営ソフトのカイゼンを望 むばかりです。

2010年2月 No.2 トヨタに急ブレーキ(その1)

2 年前にプリウス(今の前の型)を購入し、快調に乗っています。最初に乗ったときに感じたのは、そのハイテク技術です。車はここまで進化したのかと本当に驚 きました。実用車では間違いなくハイテク度ナンバーワンと言ってよいかと思います。一つの車の中に、エンジンの駆動系とモーターの駆動系の二つが存在し、 それが統合されて最適稼動するように作られているのですから、モーター駆動系のみで稼動する電動自動車よりもハイテク度は優っていると言えるでしょう。

プ リウスの場合、ブレーキを踏むと、モーターの充電機能が稼動します。モーターが発電機として機能し、その電力をバッテリーに充電することにより走行エネル ギーを回収するわけです。このとき、エンジンブレーキに似た感じで、回生ブレーキが稼動します。減速状態になると、ウィーという小さなブレーキ音が聞こえ ます。

つまり、プリウスの場合、通常の油圧ブレーキ機能に加えて、今や標準装備のABS 機能(急ブレーキやブレーキロックによるスリップを防ぐために、ブレーキのポンピングを自動化したもの)、そして、エネルギー回収の回生ブレーキ機能がブ レーキペダル一つに集中している事になります。これがソフトウエア一つで、最適稼動するように設計されているわけです。

30 年前、アメリカに住んでいたときに、引越しのためにアメ車をレンタカーで運転したことがあります。考えられない事ですが、低速で運転している最中に急にエ ンストしたのです。運転中にエンストするという事自体が考えられないことですが、エンストした途端に、ハンドルが急に重くなり、ブレーキが踏めないほどに 重くなりました。ともかく全身の力をこめてハンドルを切り、全体重を込めてブレーキを踏み、何とか、車を路肩に寄せることが出来ましたが、冷や汗で全身 びっしょり。つまり、信じられない事に、パワー・ステアリング、パワー・ブレーキのパワー系統がエンジンのパワー系統と共有されていたわけです。こんな信 じられない時代もあったわけです。

少 なくとも、私の乗っているひとつ前のプリウスでは、ブレーキに何の違和感もありませんから、実に、すごいテクノロジーの実現であると言えます。しかし、よ く考えてみると、これらの機能を実際に制御しているのは複雑にプログラミングされたソフトウエアです。そう考えると、プリウスの持つハイテク機能の中に占 めるソフトの割合は実に大きなものになっているはずです。

トヨタは間違いなく世界トップクラスのテクノロジー企業です。しかし、ソフトでも世界トップのテクノロジー企業と言ってよいのでしょうか?(次回に続く)

2010年2月 No.1 上り坂を走る

1月末、千葉館山の若潮マ ラソンを走ってきました。まれに見る晴天で、天気に関しては最高でしたし、冬の海という環境もなかなか素晴らしい。海辺なので走る前は風が強いのではない かと思っていましたが、地理的に見ると、館山の海岸は西(東京・静岡方面)に面しており、つまり、直接、太平洋側に面しているわけではないので、風もほと んどありませんでした。昔、娘の学校が館山で遠泳をやっていましたが、納得です。

しかし、コースそのものはアップダウンの激しいコースで、とりわけ、30 キロあたりのこれでもかという上り坂には参りました。結局、上り坂で足を使い果たし、以降の下りも上手く走れず、またもや最後の数キロでばたばた状態。悔 いの残る結果に終わってしまいました。延々とした上り坂で有名な沖縄NAHAマラソンの悪夢を思い出してしまうほどでした。

どうも上り坂は上手く行きません。以前から気づいていたことですが、長い上り坂を走ると、後半に、いわゆる体幹がぐらついてき、腰に来ます。というわけで、これからは体幹・太ももの筋トレと坂道ランニングに励もうと、ジム通いを始めることにしました。

話は変わりますが、JAL が会社更生法適用になりました。2ヶ月前、このHP上で、コンサルタント的に言えば、当然、法的処置だといいましたが、結果的にその通りになりました。こ れでJAL再生の未来がようやく見え始めたと思います。公共交通機関としての足かせはありますが、稲盛会長がCEOを続ける限り、8割がた、上手く行くで しょう。

会社経営もマラソンに似てい ます。平坦な道であれば、気持ちの持ちようで誰でもそこそこには走れます。しかし、上り坂が続くと力の差が出ます。坂の途中で息切れする人もいますし、坂 で力を使い果たし、以降、上手く走れない人もいます。平坦な道では気づかないのですが、上り坂を走るには筋力が必要です。とりわけ、体幹周りの筋力強化は 不可欠です。体の軸がしっかりしていないと坂道を走りきれないのです。これには、日頃から上り坂を走る練習と、筋力強化のトレーニングが欠かせません。心からJALの再生を願っています。

2010年1月 年賀状ルール

あっという間にお正月も終わり。

12 月の暮れにあわてて年賀状を書いていたところ、娘夫婦から今頃書いているのかと言われてしまいました。どうせ君らは年賀状など余り書かないのだろうと尋ね たところ、娘夫婦は、二人併せて百数十枚の年賀状を出したとのこと。私たちよりもはるかに多い量に驚きました。聞いてみると、結婚式に招待した人などに全 員出したりしていると、どうしてもそれくらいの量になると言う返事。納得です。

さて、お正月、年賀状を眺め ながらいつも思うのですが、印刷された、通り一遍の挨拶文言のみでまったく手書きの挨拶言葉がない年賀状が何通もあります。「明けましておめでとう。今年 もよろしく」的な印刷文言に、一言の言葉もなしです。こういう人は、当然のように、宛名書きも印刷です。つまり、年賀状のどこにも手書き部分がないので す。仕事関係のお義理の年賀状なら分かりますが、友人・同輩・後輩からの年賀状にもそういうものがあるというのがまったく理解できません。

これだったら書かないでくれ た方が、まだましです。私も、来年は気兼ねなく、出さないで済むのですから。・・・と考えていた時に思い至りました。そう。それこそがこの年賀状のメッ セージに違いない。つまり、「来年はもう年賀状は止めましょうね。必要な時にメールすれば済むことですから。」

また、堂々と、年賀状は正月 に書くことにしましたと宣言して賀状を送って来た友人も居ました。これは止めましょう。そもそも年賀状は正月に届くように送るのが慣習。年賀状自体が慣習 そのものなのですから、正月に届くのに送るという慣習に抵抗するのならば、年賀状という慣習そのものに抵抗すればよいのではないでしょうか。いかにも、 「正月に届いた人にだけ送ります」という無言のメッセージに聞こえてしまいます。まあ、友人だから許しますがね。

今年は決心しました。今まで年賀状は、まず誰に出そうかと考えていました。しかし、これからは、まず誰に出さないかを考えます。一切の迷いを取り払いま す。これこそ年末に書き、過ぎ去ろうとしている一年に別れを告げる年賀状に相応しいのではないでしょうか。ネガティブ発想ではありません。発想の転換なの です。A Happy New Year!

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