過去のひと言


2012年6月 五月病の方にささげるレジリエンス理論(2/2)

前回は、人間の習性とでもいうべきファイト・オア・フライト反応について、その状況が長く続くと、健康状態に影響が出て、五月病が始まると書いた。今回は、その対処編だ。

時々、現場を知らないカウンセラーが、「ストレスを避けなさい、ストレスを抱えないようにしなさい」などという。しかし、現代社会でストレスのない生活などあり得ない。現代社会にはいろいろな肉食恐竜がうじゃうじゃいる。それを避けるなど無理な話だ。

そ れではどうすればよいのか・・・ファイト・オア・フライトという原始的な習性を克服することに立ち戻るのだ。つまり、ストレス状況に直面した時に、決して その状況と戦おうとしてはならない。また、決してその状況から逃避しようとしてはならない。そんなことをすれば、ファイト・オア・フライトの今迄通りの結 末、健康の悪化を招いてしまう。ファイト・オア・フライトではなく、勇気を振り絞って、直面する状況に正面から応じるのだ。

ほんのさわりだが、ここで重要となる姿勢と技術について説明しておこう。

姿勢:ここでは3つのCが大切になる。

  • Commitment: 関わり合い。今の仕事や状況に深く関わる姿勢を持つこと。自分の関心や努力を100%注ぐに値するものだと見る。決して、部外者的な見方をしない。
  • Control: 制御・支配。状況がプラスに変化するように、状況に影響を与え続けようとする姿勢を持つこと。決して、受け身的な無力感に沈み込まない。
  • Challenge: 挑戦。変化を、充実した人生に向けての新たな手段とみ、変化に挑戦する勇気と姿勢を持つこと。人生の難題を否定したり、避けたりせずに、前向きに受け止める。

技術:具体的なノウハウは二つ。

  • 問題解決型の対処: 今の状況は、自分だけでなく、他の人にも起こり得る状況だと考える。そのうえで、状況を広い視点で客観的に眺め、何が問題なのかを明確に分析し、問題解決の計画を練り上げる。決して、パニックに陥ったり、あわてて行動しない。
  • 支え の交流: 他人を遠ざけようとせずに、積極的に交わるようにする。助け合い、勇気づけあい、建設的な交流関係を築こうとする。他者に対し、自分の方から積 極的に支援の手を差し伸べよ。そうすれば、自分が困ったときに、彼らは必ずあなたを助けてくれる。そこに絆が生まれる。

興味のある人はぜひ本書を読んでほしい。ちなみに、私は、支えの交流の部分、「自分の方から助けの手を伸ばせ。そうすれば、あなたが困ったときに必ず助けの手が差し伸べられる」という教えが本当に役立っている。私の人生訓と言ってもよい。

2012年6月 五月病の方にささげるレジリエンス理論(その1)

2006年の話、「仕事ストレスで伸びる人の心理学」(ダイヤモンド社)という本を翻訳したことがある。今までに7、8冊の本を翻訳しているが、基本的にはこれは面白いと思った本しか引き受けないので、皆、それなりの良書ばかりだ。中でも、最高の内容と言えるのがこの本である。

私 が本を翻訳する場合、気に入った原書の翻訳出版を出版社に持ち込む場合と、出版社から翻訳を依頼される場合の両方があるが、この本は後者だった。そういう 意味で、この本に関わることができたのは“運”そのものだった。私は今でも、私に翻訳を持ちかけてきた編集者の方に心から感謝している。

五月病でストレスを抱える方のために、ほんのサワリだけ説明したいと思う。何せ、私はこの本の内容を実行したおかげで売り上げを二割伸ばすことができた・・・と心から信じている。

本書は、イリノイ・ベル電話の450人の社員を1975年から十数年にわたって追い続けた心理調査の結果を一般書としてまとめた本である。世界の心理学者百人に選ばれたことのあるサルバトール・マッディによって書かれている。イリノイ・ベル電話はAT&Tの子会社で、この時期は、通信規制の撤廃、AT&Tの 分割など、まさに、合併・リストラの嵐の前、最中、その後をカバーしている。この怒涛の変化の中で、マッディが見たものは、ストレスにさいなまれ、中には ひどく健康をむしばまれるような人と、ストレスの中でも成長を見せた人の二種類だった。なぜこのような状況の中で成長することができたのか・・・これが心 理学者の興味をかきたてた。

この本の原書名は、Resilience at work (職場におけるレジリエンス)という。レジリエンスとは“弾力性”という意味で、本書で書かれたストレス対処法をレジリエンス理論と呼ばれている。著者はこの権威である。

心理学では、急なストレスに見舞われた時の典型的な反応として、ファイト・オア・フライト反応と呼ばれる。ファイト(Fight)は戦うこと。フライト(Flight)は 逃げ去ること。つまり、人間は急なストレス状況に対面すると、そのストレスと戦うか、あるいは、逃げ去るか、このどちらかの行動に集中するということであ る。これは、有史以前にさかのぼる人間の本能的な習性と言われている。例えば、森の中で、肉食恐竜に出くわすと、とっさに戦うか、逃げるかしなければなら ない。そこで躊躇すれば命はない。戦うにしろ、逃げるにしろ、体のすべての機能はこの目的に集中する。そのために、それ以外の体内機能、たとえば、消化機 能とか睡眠機能とか、いわゆる人間の健康を維持するための日常的な機能は優先順位が下がる。

もちろん、これが長く続くと、健康にさまざまな悪影響が出てくる。たとえば、五月病である。(続く)

2012年5月 職人の技

先日、マーケティングの研修講師をしていて、最近の“お買い得”は何かという話になった。以前、この欄で書いた、“ニコンのミラーレス一眼”はなかなかのお買い得だと思っている。しかし購入してまだ3か月程度なので最終評価はもう少し先に延ばしたい。

やはり、過去一年のお買得最有力に挙げたいのは“爪切り”だ。知る人ぞ知る“SUWADA”の爪切り。今、隠れた流行になっているペンチ型の爪切りである。ネットで約6千円。爪切りとしてはなかなかの値段だ。一年近く前、もっと切れ味の良い爪切りが欲しいと思いネットで調べたところ、たまたまこの商品に出会った。購入したときは知らなかったが、ほとんどのネイルショップで使用されている著名品らしい。

この商品の売りは「職人の手仕上げによる切れ味の良さ」だ。切れ味が鋭いと柔らかく爪を切ることができる。この柔らかく爪を切る感覚は使ってみないと説明しづらい。爪切りをするたびに日本の職人芸の素晴らしさを感じさせてくれる商品だ。

メーカーは新潟県三条市にあ る諏訪田製作所。三条市と言えば、いわゆる“燕三条”。洋食器や金物など、伝統的な職人産業が有名な地域である。伝統的な職人産業と言えば聞こえは良い が、私の持つ燕三条のイメージは困難の歴史そのものだ。一時期世界を席巻する輸出基地として全盛を極めたものの、東南アジア・メーカーとの価格競争で輸出 は激減。恐らく、燕三条にあるほとんどのメーカーが存続の危機を経験したはずである。逆に言えば、今、生き残っている燕三条のメーカーはそのような過酷な 競争を生き延びた企業である。そして、私の知る限り、これら生き残りに成功した燕三条の企業に共通してあげられる特徴が“職人技術”へのこだわりである。

諏訪田製作所も大正15年創業の中堅企業。おそらく、苦難の歴史を経て今の地位を築き上げてきたはずだ。やはり生き残りの最大の武器となったのは諏訪田の持っていた“職人技術”。この職人技術を維持し、発展させ、“SUWADA”というブランドを作り上げるほどになったのだから、そのこだわりは尋常ではない。というか、それしか生き残りの道はなかったのかも知れない。ともかく、“SUWADA”と言えば、今や“職人が手作業で作る高級爪切り”そのものなのだ。HPによると、諏訪田では最近オープンファクトリーを始めたらしい。職人が作っているところを実際に見てくれというのだ。確かに、職人技術と言うのは見せても真似られるものではない。自信の表れなのだろう。

それにしても、ニコンのカメラ、諏訪田の爪切り、Boseのスピーカー、ポルシェのスポーツカー・・・ハイテク、ローテクを問わず、日本、海外を問わず、良いものには共通して職人のこだわりを感じる。

2012年4月 MBO人事評価の誤解(2/2)

前回、MBO(Management by Objectives)の問題点について書いた。今回はその続きだ。

日本の経営者や人事関係者は、MBOシ ステムが米国の基本システムだと考えている節があるが、それはまったくの誤解だ。“目標による管理”(ウィキペディア)にあるように、この手法は米国では 発表当初から懐疑的な見方があり、今現在、一部の歩合制企業を除いて、まったく使われていない。もし嘘だと思うならば、ぜひ、ちゃんとした米国企業の幹部 や人事関係者の方に「MBOを人事評価に使用しているか」尋ねてほしい。一社もいないはずだ。もし一社でもあれば、ぜひ私に教えてほしい。

前回も書いたが、目標管理と人事管理を一緒にするのはよくない。これでは、目標達成の後押しもできないし、公正な人事評価もできない。中途半端なものに終わってしまう。結果として、数字達成の最前線に立つ営業/マーケティング部門が報われず、管理部門の人間ばかりが出世する組織が出来上がってしまう。

先日、「PDCA(Plan-Do-Check-Act)をもっとしっかりとやりたい。そのために人材育成をやりたい」という話が某大企業からあった。PDCAが上手くいかないので、人材育成の研修?・・・何か割り切れないものを感じ、もしかして、MBOによる人事評価をしていないかと尋ねたところ、まさにドンピシャだった。申し訳ないが、MBOシステムを変えない限り問題は解決しない。

多くのMBOでは、人事評価シートが“PDCシート”などと名前付けられている。これではPDC(A)の開発者に失礼だ。おそらく、経営の現場最前線を知らないどこかのTQMコンサルタントがPDC(A)とMBOを無理やり結びつけて、MBOの売り込みに使ったのだろうが、PDC(A)とMBOは無関係だ。

目標設定/目標管理システムは組織力強化の基本だ。組織とは目標を共有する人たちの集まりだ。組織共通の目標を軽視すれば、それは組織ではなく集団で終わってしまう。バスの乗客と同じだ。何をやるのかの「何(What)」も大切だが、Whatをどう決めるのか、どのように実行するかはもっと重要である。ぜひ、じっくりと腰を落ち着けて、最善の目標設定/目標管理システムがどうあるべきかを考えてほしい。

また、人事評価/人事管理は組織力永続化の基本だ。チャレンジは苦しいものであるべきではない。楽しいものであるべきだ。個人個人のやる気が集まれば、2+2=5が見えてくる。

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