
過去のひと言
2020年1月 厚底マラソンシューズ
厚底マラソンシューズ禁止の可能性が世界陸連で討議されている。どうも ナイキは世界陸連から嫌われているらしい。
現在 話題になっているナイキの厚底シューズは 「ズームXヴェイパーフライネクスト%(通称ヴェイパーネクスト)」というもので 19年夏に売り出された。18年に売り出された厚底初期モデル「ヴェイパーフライ4%」のバージョンアップ版だ。ヴェイパーネクストでは初期モデルにあった癖が是正され 一般ランナーにも使えるようになっているという。その結果 品薄解消とともに プロのみならず一般人にも大人気となったようだ。
そもそも トップランナーは皆フォアフット着地(足の指付け根で着地)するので 本来はかかと部は薄い底で十分なのだ。昔読んだ記事では かつてのマラソン・メダリスト君原選手は 不要なかかと部分の靴底を自分で削って靴を軽くしたという。それではなぜ厚底なのか?
厚底シューズは着地時の反発力を利用するために開発されたものだ。そのために反発力の強いカーボンファイバー製のプレートを靴底内部に組み込んでいる。その上で 反発力を効かせるために たとえフォアフット着地のプロランナーでも着地時にかかとが地面に着くようにかかと部を厚底にしているのだ。したがって 厚底シューズというよりも「かかと厚底シューズ」というのが正しいと思う。このかかと靴底の厚さと反発力の関係はかなり複雑なものだろうと考えるが いずれにせよ発想そのものは革新的だ。
そして この革新の発想を実現可能にしたのが 軽い素材の開発だ。君原選手がかかとの底を自分で削ったように 従来のイメージは「厚底=重い」だった。ちなみに私が新しいランニングシューズを購入する時には必ず重さを計っている。それくらい気になる。しかしナイキの厚底シューズは180~190g。厚底でありながら 200g未満というプロランナーにとっての必須条件を満たすことに成功している。(参考に私が今履いているマラソン用シューズは225g。)ナイキは 反発プレートを挟むフォーム材にズームXという新素材を開発し アッパー(靴の表面)も従来の繊維ではなく 透けるような新素材になっている。アッパー素材を見ると軽量化努力の成果がにじみ出ている。
もちろんデメリットもある。価格と耐久性だ。現状の価格は約3万円。これは許せる範囲かもしれないが 軽くするために素材の耐久性を犠牲にしている。一説には400キロが寿命と言うが おそらく話半分として 200キロ程度ではないか。私のような素人で着地がアンバランスな場合 恐らくフルマラソンは3回と持たないだろう。すぐに底の一部がすり減りそうな気がする。大迫選手も 試合ではヴェイパーネクストを履くが 練習では普通の靴だという。
さて 問題を抱えながらも これだけの革新的な商品。なぜ使用禁止の動きがあるのだろうか。反発力がシューズ機能を超えているという正論も分からないではないが それを言えば 短距離のスパイクだって同じ気がする。棒高跳びのポールだって テニスのラケットだって同じだろう。今一つ 説得力がない。
もしかしてナイキの一社独占を危惧しているのだろうか。それはあり得る。しかし ネットビジネスならまだしも 通常は こうした革新的な商品が生まれた後は熾烈な開発競争が生まれ 必ずや近いうちに独占体制は崩れることになる。これが世の常だ。ランニングシューズが例外となる理由は考えられない。
使用中止議論に若干の賛成票を投じるとすれば 私の場合 理由は一つだけ。実はナイキの厚底シューズは中高生競技者のあこがれの的にもなっている。確実にタイムが縮むのだから やむを得ない。一方で この3万円のシューズを実際に購入するのは親かじジジババとなる。年に2足で6万円。これは痛い。親としては「金で記録を買うようなシューズ」は使用禁止になって欲しいと考えても不思議ではない。
しかし 私は今のナイキ独占が長く続くとは全く思わない。競争が発生すれば 耐久性も増し 価格も安い新商品が登場するに違いない。実際に ミズノの今春発表の新シューズは 厚底ではないが すでに反発素材が組み入れられている。箱根駅伝7区間の区間新記録のうち6つはナイキシューズだったが 1つはミズノの反発素材を組み込んだプロトタイプのシューズだった。
さて 3月1日の東京マラソン。日本でもっとも好記録が出るレースだ。設楽選手がオリンピックに出るためにはこの東京マラソンで日本記録を出すしかない。一方で 設楽選手も大迫選手も日本記録を更新したのはナイキの厚底シューズ。もし 東京マラソンで厚底使用禁止になったら その時点で設楽選手のオリンピック出場の目はほぼ消えてしまう。公平を期すならば 少なくとも東京マラソンは厚底シューズOKであってほしい。
最後に 個人的には 昨年 ナイキの厚底が話題になった時(ヴェイパーネクスト発売前)その市民ランナー版の「ナイキズームフライフライニット」という厚底を18,000円で購入した。ハーフマラソンでは好成績を収めたものの フルマラソンでは効果がでなかった。255gという若干の重さが疲れが出る後半に影響した気がした。ちなみに 今 このモデルは「ズームフライ3」という練習モデル(275g)に置き換わってしまった。記録を出したければ3万円出してヴェイパーネクストを買えと言う話かもしれない。
結局 東京マラソンに向け 先週 私が購入したのはミズノの反発素材の入った今月発売の最新モデル(12,000円)だ。ケチった? いや ミズノや他日本メーカーを応援しているのだ。負けるなミズノ!
2020年2月 新型コロナウィルス 一党独裁体制 そして東京マラソン
新型コロナウィルスの感染力はただものではないみたいだ。それだけに こうした不慮の事態への対応にこそ政府の信頼性が問われている。
ニューズウィーク誌(日本版2月18日号)では 「一党独裁の病巣が感染拡大を助長する」という見出しで 中国政府の対応を批判している。武漢市で原因不明の肺炎患者が相次いで報告されたのが12月上旬。医師が原因不明の感染拡大と警鐘を鳴らし 武漢市当局が原因不明の肺炎患者27人の存在を明らかにしたのが12月下旬。12月末に国家衛生健康委員会が武漢に専門家を派遣している。彼らの武漢視察はその夜の国営テレビ局でも報じられたと言う。
すなわち12月末時点で中央政府は感染拡大を認識していたはずだ。しかし 1月3日には 逆に 警鐘を発した医師たちを処分・摘発。感染報道はその後1月半ばまでシャットアウトされた。その間 党指導部による公の対策はまったく公表されず 習近平が「重要指示」を出したのは1月20日になってからだった。
ニューズウィーク誌はこの状況を「一党独裁国家のソフト上の欠陥」と読んでいる。独裁国家の下 秘密主義が蔓延し 報道の自由も政府による国民への説明責任もなく 官僚制度は硬直化している。これでは危機に直面しても迅速な判断を下すことはできない。この欠陥は中国の現体制が抱える根深いものであるため たとえ今回の騒動が収束したとしても 体制が変わらない限り 何度でも歴史は繰り返すだろうと締めくくっている。
ひるがえって我が国を見た場合 安倍長期政権にも同じようなことが言えないだろうか。党内に対抗者と呼べる者が見当たらず 政権内の多くはイエスマンで固められている。報道の自由は存在するものの 官僚制度は硬直化し 証拠文書は秘密裏に廃棄され 国民への説明責任は見事なほどに無視されている。こんな状況で感染症への迅速な対応など期待できるものではない。
今回の新型コロナウィルス対策を見てもすべてが一歩遅いし 詰めがあまい。中国からの渡航禁止にしても クルーズ船隔離にしても 検査体制や問い合わせ体制にしても マスクの増産体制や抗HIV剤投入にしても すべて一歩遅い。もちろん 現場には大きな使命感で困難に対処している多くの人がいることは承知している。しかし皆を指導し対策をリードする立場にある人たちが どうも トップの意向を忖度しながら 言われた仕事だけをしているように思えてしようがない。とても中国の独裁体制を批判することなどできない気がしてしまう。
さて この感染問題のために東京マラソン(一般ランナーの部)が中止になった。例年にないトレーニングを重ね 気合を入れて準備してきただけに残念で仕方がない。しかし 結果としてはやむを得ない処置だと思う。とりわけ ゴールした後 閉ざされた更衣室での着替えと休憩は 一人でも感染者がいればアウトだろう。まあ諦めよう。
しかし 説明なしの16,000円の参加費全額没収は納得できない。数年前 台風直撃により横浜マラソンが大会の前日昼過ぎに突然中止決定されたことがあった。その時も 翌年の参加はOKだったが 参加費用は別途に払わなければならなかった。これと同様の処置と言えば それまでだが 今回は若干内容が異なる。
東京マラソンはエリートランナー参加だけではあるものの 開催される。一般ランナーの参加はダメだが マラソン大会は開催されるのだ。つまり このエリート参加だけの東京マラソンの実施費用を 参加拒否された一般ランナーの参加費で穴埋めしようということの是非だ。
もし参加費用を返還しないのであれば 少なくとも 東京都は東京マラソンの予算・収入費用状況をつぶさに公表し 一般ランナーの納得を得るべきだ。一説によると10数億円と言われるスポンサー収入はどうなるのか 今回のエリートランナーだけで開催する費用は完全中止の場合の費用と比べてどう違うのか。
ちなみに今日現在 中止となった一般ランナーへの詳細説明は一切ない。今のままでは 中止になった一般ランナーの参加費用はすべてオリンピック・ランナー選出のための費用に充当されるように見える。これは納得できない。
2020年3月 恐怖の感染
このウィルスの感染力はただものではない。新型コロナウィルスの話ではない。インフルエンザの話だ。米国CDCの発表によると 今シーズン 2月8日時点で インフルエンザ患者数は2,600万人 入院者数25万人 死者数1万4千人。つまり 今年2月8日時点で 米国全人口の8%近くがインフルエンザに感染しており この数はまだまだ増えている。今年はかなりひどいらしいが それでも前代未聞というわけではない。米国では インフルエンザによる死亡者数は例年1万2千人以上あり 大流行した2017/18は4,500万人が感染し 6万1千人が死亡している。
日本でも 昨シーズンのインフルエンザ死亡者数は3,300人に上っている。日本は米国の1/3程度の人口なので 人口比で見ると 米国とほぼ同じ割合だ。ちなみに 日本での昨年1月のインフルエンザ死亡者数は1,865人 つまり一日に60人がインフルエンザで亡くなっている。犠牲者の多くは子供や高齢者で 状況は毎年同じようなものだ。
これを日本の11倍の人口がある中国に人口比換算すると 中国ではインフルエンザで毎年3万数千人が死亡していることになる。ちなみに 2月29日現在で 中国における新型コロナウィルスの死者数は2,800人と報告されている。
素人意見だが どう見てもインフルエンザの方が新型コロナより危険だ。実際に米国の某感染症専門医は「インフルエンザの方が新型コロナウィルスよりも感染力が強く 感染者数ははるかに多い」と語っている。インフルエンザ・ウィルスは常に変異を繰り返し感染力を高めているので その対処は実に難しいらしい。
しかし インフルエンザに鈍感な各国政府も 新型コロナには異常ともいえるような反応を見せている。今注目されている2011年の米国映画「Contagion(感染)」のキャッチコピーは 「恐怖はウィルスよりも早く感染する」だった。しかも 感染する恐怖はウィルスそのものよりも大きな影響力を持つ。全く個人的な感想だが 新型コロナウィルスの状況はまさにこれではないかと思う。
2月27日 新型コロナウィルス感染拡大の鎮静化のため 安倍総理は全国の小中高の学校閉鎖を命じた。インフルエンザは学級閉鎖程度なのに 今回は全国一斉だ。働く母親たちのためのバックアップ体制がきっちりと準備されているのかという大きな疑問は残るし 当初の稚拙な発表の仕方もどうかと思う。けれども 今回の安倍総理の決定そのものは正しいものだったと私は思う。
新型コロナはインフルエンザほどではないと言いながら なぜそんなことを言うのか?
最大の理由は 「恐怖はウィルスよりも早く感染する」からだ。新型コロナは未知のウィルスであり ワクチンも治療薬も存在しない。たとえ 新型コロナがインフルエンザほど怖くはないものだったとしても 未知のものへの恐怖は実際持つべき恐怖の何倍・何十倍に膨れ上がるだろう。そして その恐怖はウィルスそのものよりもはるかに恐ろしい結果をもたらしかねない。地域が封鎖され 物流がストップし 非合理な偏見や差別が拡大し 欧米の地下鉄ではアジア人への暴力事件さえ発生している。今回の措置によりウィルス感染者・死者の増加が収まれば 恐怖の感染も収まってくるだろう。学校閉鎖はウィルス対策と言うよりもウィルス恐怖封じ込めのために必要なことだったと私は思う。・・・最後に 映画「Contagion」は今ひとつの出来でした。
2020年3月その2 東京オリンピック延期?
3月11日 オリンピック・パラリンピック組織委員会の高橋理事(元電通専務)が1~2年延期案を考えるべきだと言い その後 森喜朗会長が慌てて延期発言の火消しをした。 その後 小池東京都知事は 「中止はあり得ない」と言い 橋本五輪相は「年内実施なら延期もあり得る」と発言した。火元の高橋理事は その後更に 5月中に最終決断では遅すぎるのではないかとも言った。実に面白い発言が出そろった。
さすがビジネスマンの高橋氏の意見は合理的だ。WHOがコロナ感染をパンデミックと宣言した以上 オリンピック開催については 今の時点で いろいろのオプションを検討しておくべきと言うのは当然の考え方だ。また 予定通り実施するかどうかは5月末までに判断すると言うIOCの考えも甘すぎると思う。必要となる様々な準備を考えればもっと時間の余裕は必要だろう。ビジネスパーソンから見れば 彼の意見は至極まともにしか聞こえない。
一方 橋本五輪相はさすがスポーツ選手の発想。彼女の発言は オリンピックが7/8月実施に決まった商業上の理由をまったく無視している。オリンピックの開催日時が 他のメジャースポーツと重ならないように 放映上の理由で決まるというのはほとんどの人が知っていることだ。しかもIOCの決定が 放映権を保有しているNBCテレビの意向を無視できないというのも多くの人が知っている。ただし 今回オリンピックが中止・延期になっても NBCは保険をかけているという話なので NBC的には 時期さえ合えば大きな問題ではないのかもしれない。ただし 橋本五輪相の意見は よほど森会長にお灸をすえられたのだろうか 「中止も延期も考えてはいない」と森発言と同じ内容に変わった。
森会長の発言は 自分と異なる意見にはふたするというもので まったくもって不安を呼び起こすだけのものでしかない。もしかすると 今に至っても 組織委は 延期の場合に何が問題になり 予算的にどうなり どういう準備が必要になるかなど全く考えていないのかもしれない。おーっ これは怖い。森会長は自分の意見の何が問題なのかをまったく分かっていないに違いない。本当にこの方がたとえ短い期間でも日本の総理大臣をやっていたことが恥ずかしい。
小池都知事の発言はさすがだ。中止はきっぱりと否定しつつも 延期の可能性はありとしている。いろいろあったが 次の都知事選も小池さんに投票しようかと思う。
あくまでも個人的な感想だが 昨日(3月12日) WHOがパンデミックを宣言し トランプ大統領が突然のごとく欧州各国からの入国禁止を発表した時点で オリンピック/パラリンピックの延期はほぼ既定路線になった気がする。
しかし このままの状況でオリンピックを予定通り強行するリスクを考えれば 1~2年後に延期することが悪いことだとは言えない。世界中の感染騒動が数か月続き 最悪の景気後退がその後も続くとすると ある程度底入れした時期(来年か再来年の夏)にオリンピックで景気づけをすることがまったく割に合わないとは言えない。どこか優秀なエコノミストが 幾つかのシナリオを作って このお金の計算をやってくれないだろうか。おそらく ポイントは予定通り実施か延期かではない。延期期間は1年か2年かということだと思う。明らかなことは 森会長がいる限り この計算を組織委に任せることはできないということだ。
2020年4月 コロナ罰金5000ドルに思う
今日4月1日 ハワイ在住の娘からのラインによれば 知り合いの息子が外出中に警官から質問され ついうっかり 「友達に会いにいく」といったところ 5,000ドルの罰金チケットをきられたという。
5,000ドル?・・・50ドルの聞き間違いだろう。こういうときに デマを信じてフェイクニュースを拡散してはダメだと言おうとしたところ 5,000ドルは本当だった。現地のニュースで発表されているという。また ハワイのセブンイレブンの前で友達と立ち話をしていた娘の友達は 警察に見つかり 1,000ドルの罰金チケットを切られたという。不要の外出は$5,000 家族以外の人との集まりは1,000ドルの罰金だという。ホノルルは今いたるところに警察官がいるらしい。まさに厳戒態勢だ。
こういう話を聞くと 東京でも非常事態宣言・外出禁止令は時間の問題のような気がしてきた。東京の学校は 連休明けまではもちろんのこと 5月いっぱいだめかもしれない。私の教育研修は2月下旬から4月中旬までの予定はすべて延期になった。これだと 5月中旬まではすべて延期かキャンセルだろう。もっと長くなるかもしれない。私の場合 ほぼ個人事業だが 仕事が企業向けなのでまだ軽症で済んでいる。これが 個人向けビジネスの中小・個人事業の場合 事態は深刻かつ急務だ。大企業であっても非正規雇用の方などは死活問題である。
非常時に最初に苦しむのは常に弱者だ。しかし こんなことは誰だってわかっている。理解できないのは政治家や行政はなぜ何もせずに口先だけで時間を無駄にしているのかということだ。しかも 具体的にこれから何をやろうとしているのか 今何をやっているのか全く伝わってこない。これでは不安が積もるばかりだ。
政治・行政の無策に加えて ちょっと驚いているのは株価だ。4月1日現在の話だが コロナ問題が表面化し始めた2月21日と比べると 日経平均は21%下落し 米国のダウ平均は25%下落した。ニュースはリーマンショック以来の暴落だと騒ぎ立てるが 私の印象は逆だ。つまり なぜこの程度の下落で済むのかということだ。
米国ニューヨークでは 医療空母が手配され あのセントラルパークに仮入院テントが設営されるなど 医療崩壊が現実のものになりつつある。失業率は20%近くに達し 失業保険申請の電話はまったくつながらず 40%以上の人が来月の家賃が払えそうもない状況にあるという。それでも株価は25%下落でとどまっている。
しかし考えてみると当たり前かもしれない。今 一番影響を受けているのは株価などとは全く縁のない人たちなのだ。毎日株価のチェックに忙しいお金持ちの人たちも25%程度の影響は受けているが その影響は株価と無縁の人たちの影響と比べると些細なものだ。株価が経済を反映する?それじゃ 経済って何なんだ。少なくともいえるのは 「株価が社会を反映しているとは言えない」ことだと思う。
日銀が市場で株(ETF)を買いまくって日本の株価を下支えしている。これにより 日銀が日本経済を下支えしている?間接的にはイエスなのだろう。しかし 日銀が一番 直接的に助けているのはたんまりと株を保有するお金持ちなのだ。・・・日本も徐々に確実に二極化の途を進んでいるようだ。そして コロナが無策の行政の助けを得て さらに二極化に拍車をかけようとしているようだ。
2020年5月 新型コロナ感染者数
今日は5月1日。都内在住者として東京都内の新型コロナ感染者数の棒グラフを毎日見ている。都内の感染者数は減少傾向に入ったようだ。しかし どうもすっきりしない。原因は「感染者数」という言葉だ。
マスコミでは「感染者数」という言葉が使われているが 東京都のグラフを見ると実は「陽性患者数」となっている。しかし 同じ東京都発表の別のグラフでは これを「検査陽性者数」と称している・・・ここまで用語を無神経に使われると困ってしまう。
そもそも 「感染者」には 「発症した感染者(患者)」と「無症状の感染者(病原体保有者)」が含まれる。毎日発表される棒グラフは明らかに「感染者数」ではない。一方「患者」と言えば厚労省データでは「症状がある人」を指す。しかし 東京都の発表する「陽性患者数」には 発症していないが陽性という人も含まれているようだ。発表される数字はどうやら「検査陽性者数」という言葉がもっとも正しいように見える。
そうすると いったい何人検査しているのかという話になる。つまり 恐らくは病床数などの関係で意図的に検査数を低めに抑えている状況で 検査陽性者数がどれほど意味を持つかだ。現状では検査数を低めに抑えるというやり方が一定状況で推移しているようなので それなりの傾向値として解釈できるとは思う。しかし PCR検査対象を拡大する動きが広まれば 当然 検査陽性者数に影響が出る。また 検査数に意図が働いていることを考えれば 検査母体に対する陽性者の割合(陽性率)も使えない。結果として この棒グラフを元に感染の収束を判断するとすれば 判断を誤ることになりかねない。
感染の収束を判断する上で重要な要素と言われているのが「基本再生産数」だ。これは感染力の強度を示すもので 一人の感染者が平均的に何人に感染させるかを表す値である。これが1を切ると収束傾向にあると理解できる。NY州では最近この数値が1を切ったということで収束傾向に入ったことが見られると発表した。ちなみに 東京都では4月1日に基本再生産数1.7という発表があっただけで 以降沈黙状態だ。
西浦教授の80%接触者削減の基本になっているのがこの基本再生産数を1以下にしようという考えだ。日経サイエンス誌によると 西浦モデルは欧州で平均的な増加傾向を示すドイツの再生産数2.5を元にしている。数式は
(1−α)x2.5 < 1
αは接触削減率。上記を満たすαは0.6以上。つまり接触削減率を60%以上にすれば感染者数は減少する。あとはαをどれだけ大きくすればどれだけ早く感染者が減るかという話だ。計算上はαを80 %にすれば緊急事態宣言前の新規感染者数100人に戻るのに15日かかる。更に削減確認に必要な2週間を加味して 1カ月で緊急事態宣言前の状態に戻ったことを宣言できるという計算だ。ただしこのモデルの接触率にはマスク着用や手洗い励行が及ぼす影響は加味されていない。
ちなみに4月1日に東京都が発表した再生産率1.7を上記に当てはめると αは32%。この時点でマスク着用やテレワークがある程度進んでいるので すでに32%の削減率になっていた。しかし 60%以下なので これでは増加は食い止められない。
西浦モデルは目標値設定としては大変役に立つが 実際にα値を計算することはできない。したがって再生産数が1を切っているかどうかはこのモデルでは計算できない。この計算は発表された感染者数(検査陽性者数)を元にしており 結果も感染者数で判断することを前提にしているのだ。何のことはない。結局 発表されている感染者数(検査陽性者数)に戻るのだ。
報道によると 保健所の現場では 病床の空き具合を眺めながら 一人でも多くの命を救うために 誰をPCR検査に回すのか日々の作業に明け暮れているという。これが事実ならば 見方を変えると 保健所の現場采配が収束判断に影響するという恐ろしい状況が浮かび上がる。
今日のテレビでノーベル賞の山中教授が言っていたことに全面的に同意したい。すなわち 診断のための検査と感染状況判断のための検査は切り分けるべきだ。診断は精密なPCR検査で 状況判断は簡単な抗体検査で広範囲にやるべきだ。その通りだと思う。しかし これは今 NY州でやっていることなのだ。なぜ日本でできない!
2020年6月 オンライン研修を控えて
私の活動の90%以上は「考える技術・書く技術」の研修である。この研修は 基礎編・スライド編・フォローアップ編など様々なワークショップで構成されている。ただ 全編を通じて ウリは私と研修参加者の間で行われる その場の添削やQ&Aだ。この価値を最大限に発揮するには やはり 参加者が一堂に会しての集合研修が望ましい。そして 新コロナ感染騒動のおかげで 3月以降 この集合研修の実施が不可能となった。
7月下旬以降実施予定の研修に関しては わざわざ広めの会議室を準備し 従来通りに集合研修で実施したいという顧客も複数出始めてきたが それでも顧客の3割はいまだ様子見だ。というわけで 私としては 次善の策としてZoomでのオンライン研修を提供することになった。
実際にやろうと決断したのは 4月に入ってからだった。まず Teams/Webex/Zoomなど複数のテレワーク・アプリを試してみた。当初 非常に簡単に考えていたのだが 試してすぐに壁にぶつかった。私の研修で必需品と言える書画カメラへの切り替えが上手くいかない。どのテレワーク・アプリも同じだったのだが アプリ内のカメラ切り替え機能では 外付けした書画カメラへの切り替えに3~5秒かかるのだ。その間 画面が真っ暗になる。ちなみに一番切り替えが早かったのはZoomだが それでも3秒かかった。これでは実用に耐えられない。
弊社のシステム顧問と話した結果 やはりソフトではなくハードで切り替えるしかないという結論。推薦されたのが今ユーチューバーの間で大人気のBlackmagic Design社製のATEM Miniというビデオスイッチャーだ。Blackmagic Design社はハリウッドのプロの映像機器を手掛ける有名メーカー。今までは10万円以上したビデオスイッチャーの廉価版として昨年秋に4万円を切る価格で売り出したのがATEM Mini。この機器を使えば 最大4台の映像機器をHDMIで入力し それを即座に切り替え PCやモニターに出力できるという優れものである。映像のプロに言わせると解像度の違う映像を一発で切り替えるというのがすごいことらしい。問題は日本でも米国でも大人気で在庫切れということ。結局 4月初めに発注して手に入ったのが5月下旬だった。
回線は仕事場まで専用の光ファイバーを敷いているので大丈夫だが やはり今のデスクトップでは心もとない。これを機会に デスクトップを入れ替えることにした。Core i5(6コア)のCPUにメモリ32GBというなかなかのハイ・スペックだ。現在 Zoomホスト用として この新デスクトップと2台のモニターを活用している。Zoomにはデュアルモニター機能があり 共有画面と参加者ビューを別のモニターに映せるので便利だ。更には今迄のデスクトップとモニターを会議モニタリング用に使用しているので 机の上には3台のモニターが並んでいる。
映像機器としては 私を映すカメラと書画カメラに加えて パワポ出力用のラップトップがビデオスイッチャーに接続される。PC的には デスクトップ2台とラップトップ1台の計3台が駆り出されている。
映像が一段落すると 次はオーディオだ。ZoomでBGMを流してみるとわかるが どうも聞きづらい。調べてみると Zoomではマイク音声を聞こえやすくするために雑音を除去する工夫が施されている。このおかげでマイク音声は聞き取りやすくなっているのだが 音楽には逆効果。音楽を聴きやすくするには Zoomのオーディオ雑音除去機能を無効化する必要がある。そして その代償として 雑音の入りにくい高品質のマイクが必要となる。結局 廉価だが評価の高いM-Audioのマイクを買った。…ん?結局 Blackmagic DesignといいM-Audioといい 評価の高いビデオ/オーディオ製品はアメリカ製だ。
というわけで5月下旬にビデオスイッチャーが配達されて以来 3週間近くで弊社のシステム環境は一新した。オフィスには空箱が積み重なっている。しかし考えてみると Zoomは様々な通信環境でも使えるようにデータ処理にかなり圧縮をかけているし また自宅から参加する人たちの通信環境を考えると ボトルネックはそっちの方かもしれない。となると 本当に私の努力が報われるかどうかはわからない。まあ やれるだけの環境は整えた。あとは中身だ。
2020年7月 オンライン研修始まる
7月中旬 オンライン研修をZoomで2社に実施した。ここではちょっとした感想を述べたい。
結論から言えば 顧客の主催者側(研修担当)の反応としては2社とも「オンラインで全く問題ない」との評価だった。まずは一安心。ただし 講師としての立場から言えば やはり集合研修の方が格段にやりやすいというのが素直な感想だ。
私の研修は15~20名の参加者を対象とするが オンラインでは この人数になると参加者の反応がよみづらい。一人一人の映像が小さくなるからね。これは覚悟していたことだったが それに輪をかけるのがギャラリービュー表示の変化だ。休憩のたびに 当然 ギャラリービューでの参加者表示の配置が変化する。こんな些細なことが講師には結構な影響を与える。つまり 配置の変化により 顔と名前と印象がなかなか一致しないのだ。
集合研修の場合だと 座席の位置が決まっているので たとえ20人の参加者でも この名前の人はどこの席に座っていて 私の質問にこれこれの反応をしていたなどが 脳に総合情報としてしっかりとインプットされる。しかし オンラインで表示配置がちょくちょく変わるとこれが上手くいかないのだ。人間の脳は いろんな情報を関連付け総合情報として処理する能力がずば抜けているのだが 表示配置の変化がこれを阻害するのだ。
蛇足だが オンラインだと口の動きと音声が合わないことがある。映像処理と音声処理が別々に処理されているからだ。コンピュータでは個別の処理は得意だが 情報の統合処理に関しては人間の脳にはかなわない。脳の動きを助けるように Zoomにはギャラリービューの配置をある程度固定化できるようなオプションが欲しい。
さて 私の研修の場合 集合研修ではクラス内で全員の予習解答をその場で添削するので この作業に若干時間がかかる。一方 オンラインの場合 事前に提出した解答の一部しか添削せず 他の解答は後で添削結果を送付する形をとる。したがって 集合研修で4時間45分くらいかかる研修だが オンラインだともっと短い時間で済むだろうと高をくくっていた。しかし 実際は大違い。オンラインも全く同じ時間がかかってしまった。
原因は恐らく丁寧すぎる(?)説明によるものだと思う。オンライン研修の場合 当然参加者にはミュートで参加してもらい 質問がある時や私の質問に答える時に 自分でミュート解除をしてもらう。実際には 私の質問に答える時を除いて 研修中の音声はほとんど私の声だけだ。参加者の反応がつかみづらく しかも聞こえるのが自分の音声だけとなると 分かってもらえているのかどうか不安心理が働く。結果として よく言えば説明が丁寧に 悪く言えば説明過多になる。そして私は音声が途切れないように4時間45分しゃべり続ける。集合研修も終わった後にかなり疲れるが オンライン研修の疲れはその比ではない。喉も眼も疲れる。
ミュートの話が出たついでに言えば これは参加者にもデメリットだと思う。集合研修の場合 質問があればその場で発言するだけなのだが オンラインではそうはいかない。オンラインの場合 参加者は講師と直接顔を合わせていないので講師がどういう性格なのか分かりづらい。したがってそもそも質問がしづらい。その上 質問するには ミュート解除というワンステップがはさまるので余計に質問しづらい。これはどうしようもない。
さて 参加者からでた予想外の反応は 資料が見やすいというものだった。集合研修では資料をプロジェクターでスクリーンに映写する。かなり大きなスクリーンに映すが 場合によっては壁をスクリーン代わりに使用することもある。また参加者の手元の明かりを確保するために真っ暗にはできない。従って よほど高価なレンズを装備したプロジェクターでない限り 見やすさには限度がある。それに比べると オンラインの場合 説明資料が自分のPCにくっきり映る。言われてはじめて気づいたが これは重要かもしれない。特に目がよくない人にはオンラインは楽だろう。
先に 参加者表示の配置が変わるので 講師としてはやりにくいと話した。しかしこれは参加者にとっては別の効果があるらしい。私から参加者に質問を投げかける場合 集合研修では席順に質問する。しかし オンラインだとギャラリービューの配置順に質問することになる。ところが この配置が休憩時間のたびに変わるし そもそも私のビュー配置と参加者のビュー配置は同じではない。ギャラリービューを非表示にしている参加者もいる。したがって参加者から見ると次に誰に質問が来るのかまったく予想がつかない。これがかなりの緊張と集中を与えるらしい。少なくとも研修管理者から言えば これはメリットらしい。
最後に実際に主催者としてZoomを使ってみてその機能に関心した。Zoomの場合 デュアルモニター機能があるのだが これが主催者にはとても便利だ。私は1台のモニターで参加者のギャラリービューを もう1台で私の映像画面を表示している。これにより常に参加者全員の顔を確認することができる。現状9人までしか表示できないTeamsなどは論外だが Zoomでもデュアルモニター機能がなければ 常に20人の顔を見ながらの運営は難しい。またビデオスイッチャーで映像切り替えする私は Zoomの共有画面機能はまったく使わないのだが この共有画面機能を使わずに資料画面をスポットライトしたりできるのも便利だ。
良くも悪くも “With コロナ”の時代には オンライン研修は不可欠だろう。4時間45分に耐えうる喉と眼をケアするしかない。
2020年8月 人生最後の一台
60歳半ばを過ぎると この買い物が人生最後かもしれないというものがある。たとえば自分の住む家などだ。先週 人生最後の買い物となるだろう自転車を購入した。
数年前 長い間所有していた自転車を処分した。なるべく歩くようにしているし バスも頻繁にある。ちょっと離れる場所なら車で出かける。というわけで自転車とは縁遠くなっていた。
一方で オンライン研修をオフィスで実施するようになり ラップトップやら資料やら重い荷物をオフィスに持っていく機会が多くなった。自宅からオフィスまでは徒歩14分。普通であれば ちょうど散歩によい距離なのだが 暑い盛り 重い荷物を持ってこの距離を歩くのは結構しんどい。汗びっしょりだ。というわけで 改めて自転車を買おうと考えた。オフィスにしろ 自宅マンションにしろ 自転車置き場が不足しているので 買うならば折り畳みだ。
折り畳み自転車は車輪が小さい。車輪が小さいと道路上の障害物に対する安定性が悪くなる。道路上の障害物に関して言えば 自動車でも自転車でも車輪は大きければ大きいほど安定する。大きければちょっとした凸凹を吸収するからだ。したがって 車輪が小さい場合 ちょっとした段差を乗り越える(あるいは 乗り下る)時に自転車のメインフレームにかなり大きな衝撃が加わることになる。これで事故を起こし 半身不随になった例もある。
というわけで 折り畳み自転車ならば やはり信頼できるメーカーが生産しているものに限ると考えた。自転車の場合 ブランド名と作っている会社がまったく別で ブランド会社は単にブランドを貸しているだけという場合も多い。これは不安だ。結局 いろいろと調べた結果 HPで見つけたのが「人生最後の一台に選んだ自転車」という紹介記事が載っていたブロンプトン。
ブロンプトンはすべて英国ロンドン工場のみで生産している正真正銘のメイド・イン・イングランドだ。メイド・イン・イングランド・・・今時そんなものがあるのかと思うほど懐かしい響きだ。何か素朴で昔ながらの職人気質を思い浮かべてしまう。バーバリーだってアクァスキュータムだって今やイギリスとは何のゆかりもないメーカーで作っている時代なのだ。
決めたら 善は急げ。何しろ コロナ時代 通勤電車を避けようと自転車通勤の人が増えているというではないか。しかも 保管しやすい折り畳み自転車はかなりの人気らしい。ブロンプトンを取り扱っているサイクルショップの中でも一番大きそうな渋谷のチェーン店に行った。驚いた。20以上ある陳列棚がほとんど空っぽ。残っているのは人気薄モデルの2台だけだった。店員いわく コロナでブロンプトンのロンドン工場が閉鎖になったという。つまり出荷ゼロの状態なのだ。これは知らなかった。ショック。
しかも驚くことに その状況を察知しためざとい某国人が日本にあるブロンプトンの買占めに走ったという。というわけでお求めの売れ筋モデルはありません。他の店舗にもありませんという。ロンドン工場の再開もめどが立たないのでいつ入荷するかも未定だという。唖然。
帰り道 一応ダメもとで 世田谷区で唯一ブロンプトンを取り扱っている自転車チェーンに寄ってみることにした。店に入ったところ 何と10以上の棚が折りたたんだブロンプトンでいっぱいではないか 思わず笑顔。早速店員に話をすると 何とこの中で売り物は2つだけ 他はすべてスタッフの持ち物だという。棚が空っぽだとみっともないのでスタッフの自転車を並べているとのこと。ガッカリ。
結局 前の店と同じ説明だったのだが 何と売り物の2台のうちの1台が私の求めているモデルだった。聞くところによると 売約済みのものがたまたまキャンセルになったという。ラッキー。色などまったく選択の余地はないが手に入るだけよかった。何しろ 今年中 日本のどこにも在庫がないかもしれないのだ。
一週間後 整備を済ませたピカピカのブロンプトンが納車された。今快適な自転車通勤を楽しんでいる。ちょっとした英国気分である。ショップの方によると ちゃんとメンテをすれば20年は大丈夫という。人生最後の一台に大満足。
2020年11月 シェークスピア
コロナ騒動で延期になっていた研修が9月、10月に集中復活し まったく休みの取れない状況だった。今ようやく一段落。気づいてみれば、9月も10月もこのHPの一言欄をほったらかしにしていた。ごめんなさい。
いまようやく 忙しさにかまけて放っていた今年の目標の一つに取り組んでいる。それはシェークスピア全集の読破である。もちろん 日本語です。
私の夢の一つに推理小説ライティングがある。今 ロジカル・ライティングの研修を主な活動にしているが この対極に位置するストーリー・ライティングにいつか挑戦したいと思っている。この勉強を兼ねて 数年前アメリカの著名な推理小説・探偵小説を百冊以上読み漁った。目的はストーリー展開の勉強なので 読みながらストーリーを書き留めるという読み方だ。正直 結構時間がかかる。
実はこのつながりで 昨年末シェークスピアを読み返そうと思った。戯曲展開やストーリー展開の勉強が主目的なので 推理小説と同様に読みながら展開をメモに残している。おそらくはシェークスピアの最大の魅力は何とも言えない言葉の力なので ストーリー展開を重視した読み方はもしかしたら邪道かもしれない。とはいえ 推理小説であれ戯曲であれ 表現の世界とストーリー展開の世界 この二つの融合こそがストーリー・テリングの究極。シェークスピアをこういう風に読むのも許されると思う。実際 「ハムレット」にしろ 「ロメオとジュリエット」にしろ シェークスピアの名作といわれるものはこの2つの調和がすばらしい。シェークスピアと比べるのはどうかと思うかもしれないが 米国で有名な推理小説家 レイモンド・チャンドラーの人気も 何とも言えない描写力とストーリー展開の調和だろう。
さて37ある全集もあと3作というところまでこぎつけた。来月初めには読破できそうだ。ちなみにシェークスピアの37作品は出版順に番号が振られている。これらは一般的には 歴史劇 悲劇 喜劇の3つに分けられているが 出版順はばらばらだ。全集の最初を飾るのがシェークスピアの最初の作品と言われる「ヘンリー六世3部作」。私もこの作品から読み始めることにした。
ちなみにシェークスピアの歴史劇というのは英国のばら戦争時代(白バラのヨーク家と赤バラのランカスター家の争い)を描いた作品を指す。しかし日本人にはなじみの薄い世界だし 出版の順番と時代がまったく不一致なのでなかなか読みづらい。ちなみにヘンリー六世の三部作のあとがリチャード三世、11番目にリチャード二世、15/16がヘンリー四世という具合だ。しかもシェークスピアの歴史劇はリチャード三世を除いて主人公が明確に絞り込まれておらず登場人物が多い。とても斜め読みなどできない。というわけで、まずは、ヘンリー六世を読んだ後、歴史劇に集中して作品を読むことにした。ヨーク家やランカスター家の系譜図を横に置いて読むことになる。悲劇・喜劇は後回しだ。
新宿の初台にある新国立劇場ではシェークスピアの歴史劇を2009年からシリーズ上演しており 先月(2020年10月)に最終作「リチャード二世」(ばら戦争の発端を扱っている)でシリーズを完結した。ちなみに出版順の上演だった。このシリーズ物は時間が許す限り観劇したが なかなかの出来だった。その中でもやはり一つを選ぶとすれば 「リチャード三世」だ。つい先日 新国立劇場で過去に劇場公開したものの上映公開を見たが 読んでも見ても やはりシェークスピアの歴史劇の中で最高の出来はこれだ。
リチャード三世といえば 兄や幼い甥をはじめ 王の座を得るためには邪魔者をすべて殺すという史上最も残酷な王として描かれている。彼は 最後の戦いで戦死した後 丸裸にされ晒されたという。バラ戦争は彼の死で終わりを告げる。2012年にレスター市の駐車場の地下から遺体が発見され DNA鑑定により本人であることが確認されている。劇に描かれたようなせむしであったことが分かったほか 戦いによる多くの傷があった。致命傷は兜の隙間を貫いた脳内10センチに及ぶ刺し傷だった。まさにシェークスピア歴史劇にふさわしい人生だったのだろう。
とはいっても シェークスピアのシェークスピアたるゆえんはやはり悲劇。「リチャード三世」だって 歴史劇という枠を外せば 悲劇といえる。これについてはまた別の機会でしゃべらせていただこう。
2020年12月 振り返り
激変の一年も終わりを告げようとしている。何事にも終わりは存在する。コロナもしかりだ。
2020年の自分を振り返ると 1月は前年を引き継ぎ かなりの忙しさで幕を開けた。ところが2月後半に2月28日の研修をコロナのためにキャンセルしたいとの話があった。連絡が来たときには学校も通常運営だったのでいくら何でもキャンセルはやりすぎだろうと思った。しかしその後 研修予定は続々とキャンセルか延期になった。結局3~6月までまったく仕事がゼロ。テレビで多くの芸能人が3~6月までは仕事ゼロだったと語っていたが コロナの影響でいえば 芸能人なみということになる。
さすが3月下旬になると コロナ騒動が長引きそうなことが気になり始めた。これを機に引退するには少し早すぎる。そこで重い腰に激を飛ばして 世間並みにオンライン研修を考えることにした。実は 私の研修のウリは私自身の経験に基づいた直接指導であり かつ対面形式によるその場での直接添削だ。これらはオンラインには似つかわしくない。というわけで それまでオンラインにはあまり真剣に取り組んでいなかった。
しかしやる限りはベストのものを提供しようと 4月に入りオンライン版の内容を真剣に詰め始めた。ただし体制が整ったのは6月に入ってからだ。時間がかかったのは 私の研修の必需品である書画カメラの映像処理だ。私の研修ではリアルタイムの添削こそが命。この書画カメラの映像をテレビ会議アプリでストレスなく動かすために行きついた結論はビデオスイッチャーと呼ばれるユーチューバー御用達の機器である。ちょうど昨年秋にハリウッドの映像機器メーカー ブラックマジックデザイン社(米国企業)が廉価版ビデオスイッチャー(ATEM Mini)を4万円以下で売り出していた。それまではビデオスイッチャーといえば10万円位する代物だった。このビデオスイッチャーは大人気で在庫ゼロ。結局4月上旬に注文したビデオスイッチャーが届いたのは5月の下旬だった。逆に言えば この期間 いろいろと他の機器整備やオンライン内容の精査を行っていたので ちょうど良いタイミングだったといえるかもしれない。
オンライン研修は頑張った甲斐があった。研修主催者の方は皆 ユーチューバー並みの映像切り替えに驚かれたようだ。研修終了後参加者の一人からはどういう機器構成になっているのかという問い合わせもあった。また ある研修主催者からは他の講師と比べてマイクの音が一番良いが 何のマイクを使っているのかという質問もあった。ちなみに マイクはM-Audioという老舗米国メーカーのものを使用している。
6月中旬からオンライン研修を告知。延期になっていた研修が7月から徐々に復活し始め 9、10月は逆に目の回る忙しさとなった。内容的には 復活当初は 対面研修が1/3くらいあったが 今や 対面研修は1割以下。9割以上がオンライン。本当に様変わり。正直 今年は会社創立以来の大赤字かと覚悟していたが 締めてみると赤黒トントンで終わりそうな様子である。本当の厳しさは来年ということかもしれない。
さて年末には 今年一番のお買い得は何かと考えるのが常なのだが やはり上記で説明したビデオスイッチャー(ATEM Mini)が一番のお買い得。あと この欄でも紹介したロンドン生まれの折り畳み自転車ブロンプトンも高評価。
そうそう ネット購入できるようになった 宝くじのロト6で6つの数字のうち5つを当てたことも お買い得として報告しておこう。当然2等で数百万円かと思いきや 残念。2等は5つの数字にプラスしてボーナス数字が当たらないとダメだとか。結局 3等で16万円だった。もちろん このお金は1等狙いの資金に充当させるつもり。2021年こそは。皆様もよいお年をお迎えください。
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